最近、「現在の進歩性判断は甘いのではないか」という声をまた聞き、あらためて日本工業所有権法学会年報第44号のシンポジウム進歩性における「技術的貢献説の再生」(時井真 弁護士・弁理士)を読みました。
「進歩性の本質については,二つの考え方があるように思われる。その一は,引用例に基づいて当業者が請求項発明を想到することが容易か否かという視点で進歩性を判断する考え方である(非容易推考説)。その二は,進歩性という当該要件の通称の通り,請求項発明が引用例を含む従来技術に対して技術的に貢献したか(あるいは出願に技術的裏付けがあるか)という視点を重視して進歩性を判断する考え方である(技術的貢献説)。 そもそも,この二つの考え方は,本質的に違うものなのだろうか。特に,意図的に複雑な発明にして確かに誰もが容易には思いつかないが,従来技術の発展にどう貢献しているのか理解できないというような発明を例にとって考えてみたい(以下,「本件問題」という)。」 という問題意識です。 日本の実務では、引用例に基づいて当業者が請求項発明を想到することが容易か否かという視点で進歩性を判断する考え方でほぼ問題なく、請求項発明が引用例を含む従来技術に対して技術的に貢献したかという検討はほとんど不要です。 しかし、先述した声の多くは、「こんなものが特許になって良いのか?技術の発展にどう貢献しているのか理解できないだけでなく、技術の発展を妨げている。」というものです。「現在の審査、特に進歩性判断は甘いのではないか?」ということに関しては、技術的貢献という視点からの検討が重要かもしれません。 日本工業所有権法学会年報第44号 技術的貢献説の再生 時井真 弁護士・弁理士 https://ssl.shiseido-shoten.co.jp/item/9784641499713.html 「技術的貢献説については従前,請求項発明がどの程度従来技術に貢献しているか,また,判定できたとしてもどの程度の貢献以上があれば進歩性を肯定するか,その境界線の設定が難しいために進歩性の判断においては有用なツールになりえなかった。」 「しかし,請求項発明が従来技術に貢献しているから進歩性を肯定する論理とは逆に,技術的貢献説を裏返しで使う場合すなわち,今日の一部のBGHやEPOの判決等のように,請求項発明が従来技術に貢献していない・・・・・といった視点から進歩性否定の論理として技術的貢献説を用いるのであれば,上記のような問題は生じないはずである。」 「冒頭の本件問題(意図的に複雑にして意圏的に複雑にしたことが伺われ,確かに誰もなかなか思いつかないのであるが何の役に立っているのかよく分からない発明)については,非容易推考性の検討のみならず,進歩性の否定方向で用いられる技術的貢献説・・・・・を進歩性否定の論理として逆方向に使用し,上記のような発明については顕著な効果の立証がなければ進歩性がないとすることも一案であろう。」 「技術的貢献説と非容易推考説を「OR」の関係で繋ぐと,請求項発明が非容易推考である場合.あるいは(OR),上記で想定した技術的貢献があった場合のいずれかが認定さえすれば請求項発明に進歩性があると認定されることになる。 これに対して,技術的貢献説と非容易推考説を「AND」の関係で繋ぐと,例えば請求項発明が非容易推考であることを立証し.さらに(AND),請求項発明に上記で想定した技術的貢献があること(例えば発明の構成から当業者が予測できた範囲の効呆を超える効呆があること)まで立証して初めて請求項発明に進歩性があるとしてよいことになる。 ANDとORの論理関係から,二つの立証を求めるANDの関係で両説をつないだ場合のほうが,ORで両説を繋いだ場合よりも進歩性のハードルは上昇することになるため.両説をどちらの関係で繋ぐかによって,特許権の総数が変化することになる。」
1 Comment
時井 真
28/10/2022 11:37:00
拙稿を詳細にご高覧くださり、とても嬉しく存じます。この論文は、マックスプランク研究所の研究員だった際に、同研究所に提出した最終報告書を日本向けに書きなおしたものでした。そのせいで裁判例は、EPOやドイツ最高裁のものが多くなっています。欧州自体が技術的進歩を重視しているということもこの論文の背景となったかもしれません。
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著者萬秀憲 アーカイブ
December 2024
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