第4章:生成AIを活用した発明創出のプロセス設計
1. 特許発明プロセスの基本 1-1. 特許化の基本的なフロー(アイデア→先行技術調査→明細書作成→出願) イノベーションの成果を形にする方法の一つとして「特許」があります。研究開発の成果物や新技術を特許出願することで、独占的な権利を一定期間得ることができるわけです。技術者や研究者にとって、特許出願は自身の研究成果を保護・活用する大きな手段となり、企業にとっては知財戦略の要ともいえます。 特許出願には大きく以下のようなフローがあります。
1-2. 生成AIをどの段階で使うか たとえば、アイデアの着想段階では、前章で解説したように生成AIを「発明のタネ」を発散的に考える相手として活用できます。一方、先行技術調査や明細書作成段階では、「大量の文献を効率よく要約する」「特許の専門用語を補完してくれる」といった用途が考えられます。実際にどの段階でどのように使うかは、下記のように整理できます。
2. 先行技術調査への活用 2-1. 大量の文献・特許情報から要約やキーワード抽出をAIに依頼する 特許出願を検討する際に必須なのが、先行技術調査です。新規性や進歩性を検証するためには、以下のような情報を網羅的にチェックする必要があります。
特許文献は、それぞれ国際特許分類(IPC: International Patent Classification)や日本独自の特許分類などで整理されています。しかし、実際に調査するとなると、分類コードを見ても理解しづらい、異なる分類に跨る技術があるなど複雑な課題が多いのが現実です。これをAIに任せられれば、人間にとっては非常に楽になります。 ただし、現時点ではAIが返す特許検索結果に誤りが含まれるリスクも高く、公式な特許データベース(特許庁やWIPOなど)との連携も不十分なことが多いです。今後、生成AIと特許データベースがシームレスに接続されるプラットフォームが増えてくれば、より正確かつ包括的な調査が可能になるでしょう。
研究開発の先端領域では、英語での論文・特許が大半を占めることも珍しくありません。これらを調査する際に、生成AIの翻訳・要約機能は非常に役立ちます。たとえば以下のようなワークフローが考えられます。
3. 技術的課題の洗い出しと解決策提案 3-1. 問題解決フレームワーク(TRIZ, KJ法, デザインシンキングなど)との組み合わせ 先行技術調査によって「すでに存在する技術」と「まだ解決されていない問題」が見えてきたら、次は具体的な課題解決に向けたアイデア創出を進めます。ここでは、従来から研究開発の世界で実践されている様々な問題解決フレームワークと生成AIを組み合わせるアプローチが効果的です。
3-2. 生成AIとの対話を通じて矛盾点や改良ポイントを掘り下げる 課題解決アイデアを考える際に重要なのが、「矛盾点」や「改良ポイント」をいかに具体的に見つけ出すかです。ここで、前章まで紹介してきた「壁打ち」の手法が活きてきます。つまり、AIに対してアイデアの説明を行い、矛盾や不足点を指摘させるというアプローチです。
4. 発明の要旨のブラッシュアップ 4-1. AIとの対話で発明の核心を言語化・整理する ここまでの工程を経て、先行技術との差別化ポイントや具体的なアイデアが固まってきたら、「発明の核心」を言語化していきます。特許出願においては、新規性(Novelty)と進歩性(Inventive Step)をどう示すかが極めて重要です。AIとの対話を通じて、「自分たちの発明のオリジナルな部分は何か」「先行技術にはない特徴はどこか」を磨き上げることができます。
4-2. 新規性・進歩性の観点を補強するアイデア検討 特許審査で重要視される「新規性(先行技術にまったく開示されていない要素があるか)」と「進歩性(先行技術から容易に想到できないレベルの高度さがあるか)」をどう確保するかは、研究者や発明者にとって悩ましいテーマです。 生成AIは、技術文書の総合的な理解が得意な一方で、法的基準や審査官の視点までは理解できません。そこで、「人間が特許法や審査基準を理解している」ことを前提に、AIを「補助エンジン」として組み込むとよいでしょう。たとえば:
4-3. 明細書作成支援への活用方法 発明の核心がある程度まとまったら、次は明細書(明細書・特許請求の範囲・要約書)を作成します。明細書は特許審査において発明を正しく伝えるための重要書類であり、技術的内容の正確な記述だけでなく、特許法の要件や審査基準に沿った書きぶりが必要です。
まとめと次章へのブリッジ 本章では、特許発明を生み出すプロセスにおいて、生成AIをどのように活用できるかを検討しました。特許化の基本的なフローをおさらいしながら、アイデア創出→先行技術調査→課題の洗い出し→発明要旨のブラッシュアップ→明細書作成という流れで、以下のような活用ポイントが浮かび上がります。
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第3章:生成AIとの壁打ちの進め方(基礎編)
1. AIへのプロンプトの作法 1-1. 具体例:アイデア発想のために有効なプロンプト設計 前章までで「壁打ち」自体の重要性や、人間同士の議論と生成AIとの対話の違いなどを概観しました。本章では、いよいよ「具体的にどうやってAIに指示を出し、アイデアを引き出すか」に踏み込みます。生成AIを使い慣れていない研究者や技術者にとっては、まず「プロンプトの書き方」が大きなハードルとなることが少なくありません。 生成AIは、入力(プロンプト)によって応答の品質や方向性が大きく左右されます。特に、アイデア発想や新規提案を求める際には、以下のようなポイントを押さえたプロンプト設計が有効です。
1-2. 生成結果を評価・フィードバックするやり方 プロンプトを工夫すると、AIからさまざまなアイデアや情報が返ってきます。しかし、生成された結果が常に正確・有用であるとは限りません。むしろ、誤情報や「それらしく見えるが現実味の薄い」回答が混ざっていることもしばしばあります。したがって、研究者・技術者としては、AIの応答を以下の観点で評価・フィードバックするプロセスを回すことが重要です。
1-3. 連続的なプロンプト改善のヒント 生成AIとのやり取りでは、最初のプロンプトが必ずしも完璧である必要はありません。むしろ、やり取りを重ねながらプロンプトを徐々に改善していくアプローチが自然です。以下は連続的にプロンプトをブラッシュアップするためのヒントです。
2. アイデア創出の実践ステップ 2-1. 問題設定・背景情報の入力 生成AIとの壁打ちでアイデアを効率的に引き出すためには、最初に問題設定や背景情報をしっかり入力することが欠かせません。これは前節で説明した「コンテクストの提供」と重なる部分でもありますが、ここではもう少し体系的なステップとして整理してみましょう。
2-2. キーワード抽出や関連情報の洗い出し 問題設定を行ったら、次に行いたいのがキーワード抽出や関連情報の洗い出しです。これは、ブレインストーミングの初期段階によく行われる工程であり、AIとの壁打ちでも有効に機能します。
2-3. アイデアのバリエーション生成 キーワードや背景情報が整理できたら、いよいよ本格的にアイデアのバリエーションを生成していきます。ここでの主役はAIとの壁打ちと言えるでしょう。具体的には以下のようなやり方が効果的です。
2-4. AI提案を人間が評価し、新たな着想を得る AIから出力された数々のバリエーションを、そのまま鵜呑みにしてはいけません。ここで人間ならではの批判的思考や専門知識を活かし、提案をレビューします。ポイントは以下の通りです。
3. ロールプレイ・メンターロールの活用 3-1. AIに「架空の専門家」や「顧客」役を演じさせる方法 生成AIの面白い使い方として、ロールプレイがあります。AIに対して「あたかも○○な専門家であるかのように振る舞ってほしい」と指示を与えることで、特定の視点や知見を強化した回答を得られるのです。たとえば:
3-2. 異業種の視点でのブレインストーミング ロールプレイの応用として、異業種の視点を取り入れる方法もあります。例えば、バッテリー技術の話をしているのに、AIに「飲食店のオーナー」「航空機整備士」「介護施設の経営者」など全く別の分野の人になりきってもらうことで、新しいアイデアの種を得ることができるかもしれません。 異業種の視点を取り入れるメリットとしては、常識や固定観念を打破しやすい点が挙げられます。実際のところ、ある業界で当たり前とされている手法や考え方が、別の業界では斬新な発明につながる例は少なくありません。AIにロールプレイさせることで、そうした「隣接分野や全く異なる分野の知見」を活用したブレインストーミングを手軽に実施できるわけです。
4. 初期段階での落とし穴と対処法 4-1. リテラルな解釈に終始してしまうリスク 生成AIは、あくまで「言語パターンと文脈」をもとに応答を作り出します。そのため、プロンプトが曖昧だと誤解されたり、逆に厳密すぎるとリテラル(字義通り)の解釈に終始してしまう危険もあります。例えば、「バッテリーの安全性を高める案を出して」という指示だと、AIは「充電過電流を防ぐシステム」といった既知のアイデアしか返さないかもしれません。一方、「とにかく大胆な発想で安全性を高めて」と指示しすぎると、非現実的な空想アイデアばかりが集まるおそれもあります。 対策としては、まず大まかな指示を与えた後、段階的に具体化していく方法が挙げられます。いきなり最終的な答えを求めるよりも、プロンプトを小刻みに変化させながら、少しずつ詳細を詰めていくほうが、AIとの対話のロスが少なくなります。
4-2. AIの得手不得手に合わせたテーマ設定 生成AIには得意分野と苦手分野があります。たとえば、幅広い一般知識をもとにした「アイデアの発散」「参考事例の列挙」は比較的得意ですが、緻密な数値計算やリアルタイムデータの分析などは苦手とされることが多いです(モデルによってはプラグインや拡張で対応可能な場合もあります)。研究開発の現場では、「どこまでAIに任せられるか」「どこから先は専門家の知見が不可欠か」の線引きを意識することが大切です。
まとめと次章へのブリッジ 本章では、生成AIとの「壁打ち」を実践する際に押さえておきたい基礎的な進め方を解説しました。プロンプト設計の作法から始まり、アイデアを実際に発散・収束させる手順、ロールプレイを活用して新しい視点を得る方法、そして初期段階で陥りやすい落とし穴とその対処法までを網羅的に紹介しました。 ここで強調したいのは、AIとの壁打ちはあくまで「対話のプロセス」であり、1回の指示や質問で完結しないという点です。人間側が問題設定やプロンプトを調整しながら、何度もフィードバックを重ねていくことで、より質の高いアイデアが得られます。これはまさに、人間同士のブレインストーミングにも通じるアプローチですが、生成AIの利点として「24時間対応」「無制限の反復」「膨大な知識ベース」が挙げられ、これらを上手く使うことで議論が加速するわけです。 次章以降では、もう少し踏み込んだ内容として、発明創出や特許出願など具体的な研究開発のプロセスにおいて、どのように生成AIを組み込み、壁打ちを行いながら成果を高めていくかを解説します。先行技術調査や特許明細書の作成支援などの事例を交えつつ、より実務的な視点での壁打ち活用を紹介していく予定です。 本章で紹介した基礎的なステップを踏まえて、読者の方々が実際にAIと対話をしながらアイデアを生み出す体験を少しでも身近に感じられれば幸いです。今後の章では、「壁打ちの高度化」や「具体的な実践事例」など、さらに踏み込んだ内容をお届けしますので、ぜひ引き続き読み進めてみてください。 第2章:イノベーションと「壁打ち」思考法
1. イノベーション創出における「壁打ち」プロセスの重要性 1-1. イノベーションに至るまでの発想プロセス 世の中に新しい価値を生み出す「イノベーション」は、一見すると天才的な個人のひらめきによって突然もたらされるように思われがちです。しかし、実際の現場を観察すると、イノベーション創出は多くの場合「アイデアの試行錯誤」や「異なる視点との掛け合わせ」を積み重ねて起こります。そこには、必ずと言っていいほど「他者との対話」というプロセスが介在します。 研究所や企業のR&D部門、あるいはスタートアップのチームにおいても、アイデアを一人で温めるだけではなく、メンターや同僚、顧客などと議論を繰り返しながらアイデアを精錬していく過程が見られるでしょう。これが、いわゆる「壁打ち」の原型です。 人間が思いつくアイデアには、無数のバリエーションや方向性が存在します。しかし、初期段階では往々にして不明瞭で曖昧な部分が多く、自分自身でも「何が斬新で、何が既存の発想なのか」を明確に言語化できないことがあります。そこで「壁打ち」を行い、誰かに話す・聞いてもらう・フィードバックを得るというサイクルを回すことで、アイデアの不備や甘さを発見し、よりブラッシュアップされたアイデアを生み出すのです。 イノベーションにおける「壁打ち」は、次のような効果をもたらします。
1-2. メンターやチームメンバーとの議論がもたらす新しい視点 実際のイノベーション事例を振り返ってみると、「優秀なメンター」「多様なバックグラウンドのチーム」が重要な役割を果たしている例は枚挙にいとまがありません。著名な研究者のインタビューを読んでみると、「自分にはない視点をもつ人物との会話」や「自分の研究を理解しようとする他分野の人からの素朴な疑問」が大きなブレイクスルーにつながった、というエピソードが語られることが多いものです。 メンターやチームメンバーとの議論は、アイデアの弱点や盲点を発見させてくれます。自分では「完璧だ」と思い込んでいた計画でも、他人から見ると「根拠が足りない」「その手法では実装に時間がかかりすぎるのでは」という指摘が出るかもしれません。また、異なる専門分野をもつ人からのコメントは、ときに既存の常識やセオリーを疑う機会を与えてくれます。結果的に、想定を覆すような大胆なアイデアが生まれたり、別のニーズや市場への展開が見えてきたりします。 このように、人間同士の「壁打ち」には非常に有益な側面がある一方、実務の現場では必ずしも都合よく壁打ちパートナーが見つかるわけではありません。メンターやチームメンバーが忙しかったり、組織内で調整がうまくいかなかったり、物理的な距離の問題で頻繁に対話できなかったりと、現実的な制約も多々存在します。そこで、本書では生成AIとの「壁打ち」という新たなアプローチを提案し、人間同士の議論と補完し合う形でイノベーション創出を加速する方法論を探っていきます。 1-3. 「批判的思考」と「発散的思考」のバランス イノベーションプロセスでは、「批判的思考(Critical Thinking)」と「発散的思考(Divergent Thinking)」の両方を適切に使いこなす必要があります。批判的思考は、論理的な整合性や具体的な実現可能性を検証していくために欠かせない力です。斬新なアイデアであっても、十分な根拠や実装シナリオが伴わなければ、最終的には実行に移せません。しかし、批判的思考ばかりでは、アイデアが生まれる前に「そんなことは無理だ」と切り捨ててしまう傾向があります。 一方で、発散的思考は多様な可能性を一度に広げてみるために有効です。既存の枠組みにとらわれず、「こんなこともできるかもしれない」「この技術を別の分野に応用できるかもしれない」といった具合にアイデアの幅を大きく広げます。ただし、発散的思考だけではアイデアを具体化しきれず、永遠に空想だけで終わる危険性があるわけです。
2. 人間同士とAIとの壁打ちの違い 2-1. 人間同士の議論の特性(情緒、コンテクストの共有、忖度など) 先ほど述べたように、イノベーションの火種を育むうえで、対面やオンラインミーティングなどで人間同士が語り合うことは非常に重要です。そこには、AIとの対話にはない次のような特性があります。
2-2. AIとのやりとりの特性(高速反復、疲労しない、膨大な知識ベース) 一方、近年急速に注目が集まっているのが、AIとの壁打ちです。大規模言語モデル(LLM)を活用したチャットボット型の生成AIが普及したことで、次のような特性が浮き彫りになってきました。
しかし、「アイデアを広げる」「いろいろな可能性を試す」といった初期段階での発想支援にはAIが大いに役立つことは間違いありません。人間同士の議論を「情緒的・感性的な部分の共有」として活かし、AIとの議論を「数多くのバリエーション出し・客観的情報の提案」として組み合わせることができれば、双方の長所を補完できるのです。 2-3. 相互補完的に使うアプローチ 総じて、人間同士とAIの「壁打ち」にはそれぞれ得意・不得意があります。これらを相互補完的に使う際の基本的な考え方としては、
3. 壁打ちを最大化するための思考フレームワーク 3-1. ゴール・制約・資源を明確化する 「壁打ち」を行う際、まず大切なのは「何のためにアイデアを出すのか」「どのような条件下で考えるのか」を明確にすることです。いくらAIが強力に支援してくれるといっても、ゴール設定があいまいだと無数の方向性にブレてしまい、結局どこにもたどり着かない危険性があります。
3-2. AIへのプロンプト設計(Prompt Engineering)の基礎 AIとの「壁打ち」を成功させる鍵として近年注目されているのが、プロンプトエンジニアリング(Prompt Engineering)です。これは、大規模言語モデルに対して「どのような指示文や情報を与えれば、目的に合った応答を得やすいか」を設計するスキル・技法を指します。 研究開発の現場でAIにアイデア出しをしてもらう場面を想定するとき、次のようなポイントを意識すると効果的です。
3-3. 仮説・検証サイクルを短時間で回すノウハウ イノベーションを加速させるうえで、「仮説→検証→学習」というサイクルをいかに素早く回せるかがポイントです。AIとの壁打ちは、このサイクルを従来よりも短いスパンで繰り返すための強力なツールとなり得ます。 具体的には以下の流れを想定します。
まとめと次章へのブリッジ 本章では、イノベーション創出に不可欠な「壁打ち」プロセスの重要性と、人間同士の議論とAIとの対話における特性の違い、そしてそれらを相互補完的に活用するアプローチを紹介しました。従来から「壁打ち」は、研究開発を加速させるための鍵として活用されてきましたが、生成AIの普及によって壁打ちのパートナーをいつでも気軽に呼び出せる時代が到来しつつあります。 一方で、AIは人間同士の対話がもつ感情やコンテクストの深い共有にはまだ及びません。そこで、人間同士の議論とAIの対話をうまく組み合わせ、発散と収束、批判的思考と発散的思考を行き来することで、イノベーションの種がより豊かに芽吹く可能性があります。その際、ゴールや制約を明確化し、プロンプト設計を工夫するなどのフレームワークを取り入れることで、壁打ちを最大限に活用することができるでしょう。 次章以降では、具体的に「生成AIとの壁打ちをどのように行うか」を解説していきます。まずは基礎編として、AIへのプロンプトの作法や壁打ちを体系化するステップを整理し、実際にどのような質問や指示を与えると効果的なやり取りが生まれるのかを見ていきましょう。その上で、研究開発の現場で起こりがちな課題やケーススタディを取り上げ、どのようにAIを活かしてイノベーション創出を加速させるかを具体例とともに示していきます。 第1章:生成AIの基礎理解
1. 生成AIとは何か 1-1. 大規模言語モデル(LLM)を中心とした概要 「生成AI(Generative AI)」という言葉は、自然言語処理(NLP)やコンピュータビジョンをはじめとする機械学習の分野において、入力された情報をもとに新たなコンテンツを“生成”するAIを総称して使われることが多くなっています。特に近年は、大規模言語モデル(Large Language Model:LLM) を活用することにより、人間が書いたのかAIが書いたのかわからないほど自然で流暢な文章を生み出すことが可能になりました。 従来の自然言語処理技術でも、文章の要約や翻訳などは行われてきましたが、LLMがもたらした変化は「多様な文脈と膨大な知識を一元的に扱える」という点にあります。具体的には、数十億から数千億に上るパラメータを持つニューラルネットワークを事前学習し(pre-training)、そこで得た膨大なパターンをもとに、ユーザーからの問いかけや指示(プロンプト)に対して適切な文章を生成する仕組みです。 この「事前学習」は、インターネット上のテキストを大量に取り込み、単語やフレーズ、文脈のパターン、さらには文章構造や世界知識までをモデル内部に反映させることで行われます。結果として、AIにまるで“百科事典”のような幅広い知識と文脈理解力が備わり、何らかの問いかけがあった際、その文脈に沿った文章を“生成”できるようになるわけです。 近年は大規模言語モデルを使ったチャット形式のAI(ChatGPTなど)が注目を集めていますが、これらは「会話形式でのやり取りに特化した追加学習(Instruction TuningやRLHF:Reinforcement Learning from Human Feedback など)」が施されることで、単に文章を生成するだけでなく、問いかけや指示に柔軟に対応するスキルを獲得しています。 1-2. 事前学習・自己回帰型モデル・ファインチューニングなどの主要概念 事前学習(Pre-training) 先述のように、LLMはまず巨大なコーパス(文章データの集積)を使って事前学習を行います。これは、言語モデルとしての「基礎体力」を養うステップです。一般的には、教師データとして特定のラベル(正解)をつけずに、文章中の単語をマスクして穴埋めさせたり、次の単語を予測させる手法で進められます。最終的にはモデルが「ある文脈なら次に来る単語は何か」を高い精度で推定できるようになり、意味的にも自然な文章を構築できるようになるのです。 自己回帰型モデル(Autoregressive Model) 多くの大規模言語モデルは「自己回帰型モデル」という形式をとります。これは、文章を一文字(あるいは単語、トークン)ずつ左から右に順番に生成しながら次の文字を予測していく仕組みです。生成するたびに、これまでに生成したテキストを入力に含めて再度モデルを実行し、次のトークンを予測する、という反復的な構造になっています。ChatGPTのように対話形式の出力が求められる場合にも、この自己回帰的手法が根底にあります。 ファインチューニング(Fine-tuning) 事前学習を終えたモデルは、それだけでも多くの文章生成タスクに対応できますが、さらに特定の領域・タスクに特化した性能を高めるために行われるのが「ファインチューニング」です。例えば、法律文書の生成や契約書レビューに使いたい場合は、リーガルドキュメントを集中的に学習させることで、より正確かつ専門的な文章を生成できるようになります。一方、ユーザーインタラクションを意識した対話モデル(例:ChatGPT)では、人間との対話データを使って「この質問にはこう回答するのが自然である」といった方針を学習させます。これには、人間のフィードバックを組み合わせることでモデルを微調整するRLHFという手法がよく用いられています。 1-3. 従来のルールベース・統計的手法との違いと進化 生成AI、特にLLMが登場する以前の自然言語処理は、「ルールベース」「統計的手法」「従来型の機械学習」が中心でした。
こうして生成AIは、自然言語処理を「局所的なパターン解析」から「大規模な文脈理解・生成」へと変革し、現在では文章生成を中心に幅広いタスクで成果を上げるようになっています。 2. 主要なプラットフォーム・API 2-1. OpenAI, Google, Meta, Microsoft などの代表的なAIモデル・サービス 生成AIを活用する場合、最も簡単かつ主流な手段は各社が提供しているモデルやサービスを利用することです。ここでは主要プレイヤーを概観してみましょう。
企業が提供するモデル以外にも、オープンソースコミュニティで開発・公開されているLLMが多数存在します。2023年以降、多数の高性能なオープンモデルが登場しました。 特に2023年9月に公開されたMistral 7B(パラメータ約73億)は、その小ささにもかかわらずLLaMA 2の13Bモデルを全ベンチマークで上回る性能を示し話題となりました。Mistral 7BはApache 2.0ライセンスで公開され、商用・非商用を問わず自由に利用可能で。開発元のフランス企業Mistral AIはその後も改良を重ね、画像理解機能を持つマルチモーダルモデルMistral v3.1(2025年3月リリース)や、専門分野特化モデル(コード向けのCodestral、数理向けのMathstral等)を公開し、オープンモデルの性能を継続的に底上げしています。 中東・アブダビの研究機関TIIによるFalcon LLMシリーズも代表例です。Falcon 40B(400億パラメータ)は2023年5月にApache 2.0で公開され、特殊なチューニング無しで当時最高水準の性能を示し話題となりました。続いて公開されたFalcon 180B(1,800億パラメータ)は、コンテクスト長4096トークンで3.5兆トークンの大規模データで訓練されており、非常に高い文章生成能力を持つと報告されています。 さらにMetaのLLaMA 2(先述)も事実上オープンなモデルとして広く利用されており、その派生としてスタンフォード大学のAlpacaや、商用対話ボット向けに調整されたVicunaなどコミュニティ主導のモデル改良も盛んです。 これらのモデルは「研究目的」や「ローカル環境での実行」を念頭に公開されており、ソースコードや学習済みウェイトを入手できる場合があります。 オープンソース系モデルのメリットは以下のとおりです。
2-3. 研究者・技術者として押さえておくべきサービス選定の観点 いざLLMを研究・開発に活用しようとする際、以下のような視点でサービスやモデルを選定するとよいでしょう。
3. ジェネレーティブアプリケーションの潮流 3-1. テキスト生成だけでなく、画像・音声・動画生成への波及 生成AIはテキスト分野だけにとどまりません。画像生成では「Stable Diffusion」「DALL·E」「Midjourney」などが一般に公開され、ユーザーの任意のプロンプト(たとえば「宇宙を背景に浮かぶ幻想的な街並み」など)から、それらしい画像を生成してくれます。音声分野では、音声合成や音声クローンなどが注目されており、人間の声色や話し方をAIが学習して再現するといった応用が登場しています。 さらに動画生成やアニメーション生成の研究も急速に進んでおり、数秒程度の短い動画クリップなら生成AIによってリアルタイムに作り出せる段階に近づいています。これらの技術は、
3-2. マルチモーダルAIの可能性 マルチモーダルAIとは、複数の形式(モード)のデータを同時に扱うAIを指します。具体的にはテキストと画像、テキストと音声、あるいはテキストと動画などを組み合わせることで、よりリッチな情報処理を行うわけです。将来的には、文章による指示だけでなく、ユーザーがアップロードした図面や画像からAIがコンセプトを理解し、それに基づいて新しいデザインや文章を生成するような場面が増えると考えられます。 研究開発の現場では、実験データや各種センサー情報、画像解析結果など多様なデータが飛び交います。そこにマルチモーダルAIを導入すれば、これまでは人間が統合的に判断していた「実験結果と論文知識の照合」「画像からの特徴抽出と数値解析の組み合わせ」といったタスクを、高度に自動化・支援できる可能性があります。 現時点ではまだ試験的な段階であるケースが多いものの、マルチモーダルAIは生成AIの次のフロンティアであるとも言われています。従来のLLMがテキストのみを扱っていたのに対し、今後は「画像をもとにレポートを自動作成」「音声入力で指示を与え、設計図を自動生成」といったシームレスな活用が日常になっていく可能性が高いでしょう。 3-3. 現在進行形で変化するAI技術のアップデートにどう追随すべきか 生成AIの技術領域は進歩が非常に早く、数ヶ月ごとに新しいモデルや手法が発表されます。バージョンアップや新フレームワークの登場に伴い、既存のプロンプト設計やパラメータチューニングの最適解が変わってしまうこともしばしばです。そのため、研究者・技術者としては以下のような点を意識しておく必要があります。
4. 注意点:ブラックボックス化問題 4-1. LLMの内在的な「説明可能性」「バイアス」「信頼性」の課題 生成AI、とりわけLLMに対しては、その高い性能と引き換えにブラックボックス化の問題が常についてまわります。モデル内部の膨大なパラメータがどのように連携して出力を決定しているのか、人間にとって直感的に理解するのはほぼ不可能です。これが「説明可能性(Explainability)」の欠如という問題を引き起こします。 さらに、学習に用いたデータに偏りがあれば、その偏見や差別的な要素がモデルの出力に反映されるリスクも否定できません。たとえば、特定の人種や性別に対してステレオタイプな表現を生成する可能性があり、それを知らずに実用システムに組み込むと大きな問題を引き起こしかねません。また、信頼性という観点では、LLMが時折発生させる「幻覚(Hallucination)」と呼ばれる現象が問題です。これは、あたかも正しい情報のように語りながら、実際には存在しない情報をでっち上げることがあります。 4-2. 研究・開発の中でどこまでモデルの挙動を理解し、コントロールすべきか 研究者や技術者にとっては、AIの挙動をある程度は理解し、予測不能な事態を回避できるようにする必要があります。しかしLLMの場合、その内部構造の全てを解明するのは極めて困難です。そこで以下のようなアプローチが模索されています。
まとめと次章へのブリッジ 本章では、生成AI(特に大規模言語モデル:LLM)がいかにして誕生し、どのような進化を遂げてきたのかを概観しました。事前学習や自己回帰型モデル、ファインチューニングといった主要な概念から、OpenAIやGoogleなど各社の代表的サービス、さらにはオープンソースモデルの動向も含めて押さえました。従来のAI手法との違いとして、ルールベースや統計的アプローチでは難しかった「深い文脈理解」と「自然な生成」の両立を実現している点が大きな特徴です。 また、テキスト生成だけでなく、画像・音声・動画分野へ波及するジェネレーティブアプリケーションの潮流や、次世代として期待されるマルチモーダルAIの可能性にも触れました。技術が日進月歩で進化する中、研究者・技術者は常にアップデート情報を追いかけ、自らの領域で実験を行い、コミュニティと連携する必要があります。 しかし一方で、LLMの「ブラックボックス化」や「バイアス」「幻覚」などの課題は避けて通れません。特に公共性が高いシステムや、研究開発成果を社会実装する段階では、厳密な評価や監視が求められます。このような性能とリスクの両面を理解しながら、どう活用していくかという姿勢が、今後のAI活用においては不可欠です。 次章以降では、「この生成AIを実際にどのように使って、アイデア発想や発明創出につなげるか」という具体的なプロセスに踏み込んでいきます。壁打ちの思考法やプロンプトエンジニアリングの基礎、さらにはイノベーションとの関連などを解説し、研究開発の現場で役立つノウハウを詳しく紹介していく予定です。 序章:なぜ「生成AIで壁打ち」なのか
1. ChatGPTなどに代表される生成AIの登場がもたらしたインパクト 近年、AI(人工知能)技術の進歩は目覚ましいものがあります。中でも、2022年末から2023年にかけて大きな話題を呼んだのが、大規模言語モデル(Large Language Model, LLM)をベースとした「生成AI」の登場です。代表的な例として、OpenAIが開発したChatGPTや、各社が相次いで発表した類似のチャットボット型AIが挙げられます。彼らはいずれも、膨大なテキストデータを学習し、入力された文章に応じて自然な文章を“生成”する能力を備えています。 この生成AIがもたらしたインパクトは、従来のAIにはなかなか実現できなかった「対話による高度なやり取り」を可能にした点にあります。少し前のAIを思い浮かべると、その多くは特定タスクへの最適化が中心でした。画像認識や音声認識、特定パターンの自動分類など、狭い範囲に強いAIとして利用されてきた歴史があります。これに対し、ChatGPTをはじめとする生成AIは、一般的な知識や文脈を交えながら自然言語で意見を述べたり、回答を生成できるという点で画期的です。単なる「キーワード検索の高度版」ではなく、ある程度の推論や文章構成の機能を担うことで、まるで「人間同士の会話」に近い感覚を提供しているわけです。 テキスト生成にとどまらず、画像や音声、さらには動画を生成するマルチモーダル型のAIも急速に進化していますが、特に研究開発の現場で大きく注目されているのが、自然言語でのやり取りに特化したチャット型AIです。研究者や技術者にとって、自分の専門領域外の知識を素早く取り入れたり、論文の要約を効率的に行ったり、あるいは実験の考察やアイデアの下敷きにしたりと、幅広い応用可能性が見えてきました。 さらに、このような生成AIが「誰でも手軽に使えるクラウドサービス」として提供されるようになり、世界中で爆発的にユーザーが増えたこともインパクトを加速させています。数年前までは、高度なAIを使いこなすには専門的なプログラミングやGPUの知識が必要でした。ところが現在では、ブラウザからChatGPTのサイトにアクセスし、自然言語で質問や指示を入力すれば、即座に応答が得られます。APIとしても各種のサービスが整備され、ソフトウェアの一部として簡単に組み込むことができるようになりました。こうした「アクセスしやすさ」は、世界規模での大規模言語モデルの普及を一気に押し上げています。 このように、AI利用のハードルが一段と下がったことにより、既存の研究開発プロセスを見直す動きが盛んになってきました。そして今まさに、「生成AIを使ってどんな新しいアイデアを生み出せるのか」「発明の種をどのように成長させるのか」を模索する企業や研究機関が急増しています。本書では、このような技術開発や発明活動の分野で生成AIをどう使いこなし、新しい価値を創出するのかを解説していきます。 2. これまでのAIとの違い——自然言語での高度なやり取りが可能 先に述べたように、生成AIは大規模言語モデルに基づいた自然言語処理技術の集大成といえます。過去のAI研究では、ルールベース・機械学習・ディープラーニングといったフェーズを経てきました。たとえば、画像認識なら大量の画像データを学習させることで、人間よりも高い精度で物体を識別できるようになりました。一方、文章を生成するタスクは、単語や文法、文脈など多面的な要素が絡むため、機械にとっては難易度が高いとされてきました。 しかし、Transformerと呼ばれる新しいアーキテクチャが登場し、膨大なテキストデータを事前学習することで、多種多様な文脈を学習済みのAIモデルが誕生しました。その結果、単なる文章の穴埋めを超えて、「質問→回答」のやり取りが成立し、しかも多くの場合で自然かつ流暢な文章を出力できるようになっています。これまでのAIが苦手としていた「文脈把握」や「意図の推測」といった部分にも、あたかも人間のように対応できる場面が増えてきたわけです。 さらに、API経由で自由に組み込めるようになり、プログラミング上でも文章生成・要約・翻訳・リライトなどの機能を部品として呼び出せるようになっています。日本語・英語はもちろん、中国語やスペイン語など多言語にも幅広く対応しているため、国際共同研究や海外市場への展開を視野に入れる開発現場でも重宝されるでしょう。 ただし、「万能のAI」というわけでは決してありません。生成AIは答えを“それらしく”生成するのは得意ですが、必ずしも常に正確な情報を返してくれるわけではないことも大きな特徴です。ときにはデタラメな回答(いわゆる「幻覚」や「ハルシネーション」と呼ばれる現象)を返すこともあります。また、学習データの中に偏りがあると、その偏見を反映した文章を出力する可能性も否定できません。こうした「自然言語による高度なやり取りが可能」ゆえのメリットとデメリットを正しく理解することが、研究者や技術者には求められます。 3. 「生成AIを使えば何でもできる」の幻想と現実のギャップ 生成AIが登場した当初、多くのメディアは「もはや人間を超えるのではないか」「職業の大半がAIに取って代わられるのでは」という話題で持ちきりでした。確かに、クイズやテストの回答、文章の要約など、人間が長い時間をかけて行う作業を一瞬で済ませるケースも少なくありません。そのため「生成AIがあれば何でもできる」という大きな期待を抱く人も多いでしょう。 しかし現時点では、生成AIができることはあくまで「膨大な文脈から推測して、それらしい文章を組み立てる」ことに限られます。大規模言語モデルはデータに存在しない完全に革新的な概念をゼロから構築することは苦手とされ、人間の創造的思考を補助する段階にあると言えます。言い換えれば、「人間がしっかりとゴールや問いを設定し、それに対して意味のあるフィードバックを生成AIから得る」という形でこそ真価を発揮するのです。 たとえば、新しい理論を打ち立てたり、前例がまったくない技術を生み出したりするときには、依然として人間の創造力や洞察力が欠かせません。AIが生み出した数多くのアイデアの中に“使えるもの”があるかどうかを選別し、さらに複数のアイデアを融合させたり深掘りしたりするのは最終的に人間の役割です。よく言われるように、AIは「優秀な部下」や「多彩な辞書」になり得る一方で、「プロジェクト全体のディレクター」や「最終責任者」になるにはまだ時間がかかるかもしれません。 また、特定の事実を正確に調べたい場合、生成AIだけに頼ってしまうと誤情報や不確かなデータを真に受ける危険もあります。言い換えれば、生成AIは特定タスクにおける“事実の自動検索エンジン”ではないという点を忘れてはいけません。本書で重点的に解説する「発明創出」「新規アイデアの開発」などは、必ずしも事実の正確さだけを求める領域ではなく、むしろ豊富な連想や発散的な思考が不可欠です。そのため、生成AIの強みが特に活きる分野である一方、人間によるレビューや現実検証は欠かせない——ここに「幻想」と「現実」のギャップを埋めるカギがあるのです。 4. 「壁打ち」が意味するところ では、本書のタイトルにもある「壁打ち」とは一体何でしょうか。テニスや卓球などを思い浮かべる方もいるかもしれません。基本的に「壁打ち」とは、一人で練習するときに壁に向かってボールを打ち返す行為を指します。これを研究や開発に例えると、自分のアイデアや疑問を第三者にぶつけてフィードバックを得る行為が「壁打ち」に相当すると言えます。 研究や開発を進める上で「壁打ち」は極めて重要です。新しいアイデアが生まれたとき、ただ漠然と頭の中で思い浮かべているだけでは、アイデアの良し悪しを客観的に評価できません。また、問題を自分ひとりで抱え込んでいると、視点の偏りや思い込みから抜け出せず、新たな発想に行き着かないことも多いのです。そこで、信頼できる同僚や先輩、顧客候補など「第三者」との対話を通じて、自分の考えを整理し、弱点や見落としを見つけ、さらに別のアイデアを引き出していくプロセスが必要となります。 実際、イノベーションが生まれる企業や研究室を見ると、活発な意見交換やブレインストーミング、批判的思考を歓迎する文化が根づいていることが多いです。一人で黙々と研究するだけではなく、「壁打ち」を繰り返すことが、新発想や新しい視点をもたらしてくれるのです。 5. AIとの「壁打ち」が人同士での議論とは異なる利点 では、なぜわざわざAIと「壁打ち」する必要があるのか。人同士で話せばいいのではないか、という疑問を持つ方もいるでしょう。もちろん、人間同士の議論には大きなメリットがあります。相手の表情や声の調子を感じ取ることで、より深い共感や刺激を得られる場合もあるでしょう。しかし、人間同士の議論が常に最適とは限りません。 一方、AIに対して「壁打ち」する場合、以下のような利点が考えられます。
6. 本書の狙いと構成 では、本書はどのような目的で書かれ、どんな構成をとっているのでしょうか。本書が目指すのは、大きく分けて以下の二つです。
続いて、「壁打ち思考法」や「イノベーションプロセス」に焦点を当てながら、どのようにしてAIと対話を重ね、アイデアを膨らませ、発明へと昇華させていくかを段階的に示します。具体的には、
さらに、発明創出のプロセスに欠かせない「先行技術調査」や「知的財産戦略」についても、生成AIの活用方法を踏まえたうえで解説します。研究者や技術者が特許出願を検討する際、「特許明細書をどう書くか」「新規性や進歩性をどう確保するか」は大きなテーマです。ここに生成AIが加わると、文章構成や既存特許の要約などが効率化し、従来よりもスピーディーに作業が進められる可能性が出てきます。もちろん、法的な観点や倫理的な課題もありますが、まずは技術活用のポテンシャルをしっかりと理解したうえで、リスクとメリットを比較検討することが大切です。 そして本書の終盤では、研究開発マネジメントにおけるAI活用の展望や、複数のエージェントAIを同時に活用する「マルチエージェントシステム」の可能性、さらには日本国内外で進むAI規制の動向にも触れます。技術と社会の両面を見据えながら、読者が「自分の専門領域にAIをどう位置付けるか」を考える一助になることを目指しています。 序章まとめ 本書のタイトルにある「生成AIで壁打ち」というフレーズは、研究開発のプロセスにおいて、生身の人間以外の“知的なパートナー”と反復的なディスカッションを行うことで新たな気づきを得る手法を象徴しています。ChatGPTに代表される生成AIは、自然言語でのやり取りが格段に高度化しており、24時間いつでも大量のアイデアを試せるなど、従来のツールにはなかった利点を多く備えています。 一方で、生成AIにはまだ「誤情報を混ぜ込んでしまう」「課題を自分で設定してくれない」「本質的な洞察を得るためには人間のジャッジが欠かせない」といった制約も存在します。したがって、人間の創造性を拡張し、アイデアを発明や新規技術に結びつけるための“パートナー”としてAIをどう使うかという視点こそが、本書で一貫して追求するテーマです。 以下の章では、生成AIの技術的な基礎とともに、「壁打ち」を実践する際に必要となるプロンプトの書き方や、効果的なアイデア発想のステップを解説していきます。さらに、特許出願や研究プロジェクト管理における活用事例まで網羅し、技術者・研究者がすぐに導入できる実践的ノウハウを提供します。これにより、本書を手に取った方々が、AIを単なる“便利ツール”にとどめず、自らの創造性を何倍にも拡張する“知的パートナー”として位置付けることができるようになるはずです。 技術の進歩が速い時代、生成AIのアップデートも日進月歩で進みます。本書を読んでいる時点でも、最新のバージョンがリリースされているかもしれません。しかしながら、ここで提案する「壁打ち」という考え方や、発明創出プロセスにおけるAIの活用ノウハウは、その基盤が大きく変わることはないでしょう。なぜなら、私たち人間がアイデアを練り上げるうえで必要なステップ——問題を発見する、仮説を立てる、仮説を検証する、別の視点を取り入れて再考する、といったプロセス——は、いつの時代も本質的には変わりません。生成AIの進化によって、そのプロセスが加速し、より大きなインスピレーションを得やすくなる、というのが本書の根幹にある期待です。 ぜひ、本書の内容を参考にしながら、研究や開発の現場に「生成AIで壁打ち」という新たな選択肢を取り入れてみてください。アイデアの萌芽を形にし、革新的な発明やビジネス価値へと高めるきっかけは、案外身近なところにあるかもしれません。本書をきっかけに、1つでも2つでも多くの新しいアイデアが生まれ、読者の皆さんのプロジェクトやキャリアに大きな飛躍をもたらすことを願ってやみません。 コラム:孫正義氏の“ChatGPT壁打ち”が生む新時代の創造力 1/1/2025 https://yorozuipsc.com/blog/chatgpt9193988 「イノベーションの塊」。ソフトバンクグループの孫正義氏を形容する際、よく耳にする言葉です。彼は従来から、AIやロボット分野の潜在力を強く信じ、積極的な投資や事業展開を推進してきました。しかしここにきて、さらに驚くべきニュースが飛び込んできました。最近、彼がChatGPTとの“壁打ち”――つまり、アイデアをChatGPTとやり取りすることで磨き上げる手法――を精力的に行い、その結果として新たな特許出願を数多く行っているというのです。そして、すでに公開されているだけでも543件もの特許が確認され、その分析からは、ロボット技術や対話システム、感情解析など、多岐にわたる先進的なアイデアの片鱗が浮かび上がりました。 孫正義氏が過去に語ってきた「情報革命で人々を幸せにする」という壮大なビジョンと、ChatGPTが持つ高度な自然言語処理能力とを組み合わせることで、私たちの生活スタイルを大きく変える可能性が一層高まっているように思えます。今回は、これら543件の特許から見えてきた技術の方向性と、その意義について考察してみたいと思います。 1. 543件の特許が描く「行動制御システム」の未来 分析の中で特に注目すべきは、ロボットや各種電子機器が人間と“心を通わせる”ように振る舞うための「行動制御システム」に関する数多くのアイデアです。たとえば、ユーザの行動データだけではなく、「感情」までもデジタル上でリアルタイムに判定し、そこから最適な受け答えや動作を導き出す仕組みが特許群の中心に存在します。 興味深いのは、孫氏がChatGPTとの対話を通じて得た着想を落とし込んだと思われる部分――単なる命令応答ではなく、ユーザの言外の意図や、そのときの気分を推定して対応できるという点です。これにより、ユーザがうれしいときはその気分をさらに盛り上げる行動をとり、落ち込んでいるときには慰めや励ましを提供する――そうした“ヒトのように気遣う”ロボットが見えてくるのです。 このように、「感情」という曖昧な要素を、ロボット側でも「感情値」として保持し、それらを相互に作用させることで、コミュニケーションの質を飛躍的に高めようとするアプローチは、まさに孫氏とChatGPTが組んだ“AIの掛け合わせ”ならではといえるでしょう。 2. ChatGPT×孫正義――対話モデルが変える開発スピード ここで見逃せないのが、特許群から感じられる圧倒的な“スピード感”です。ChatGPTの優れた言語能力が、発明アイデアの検証や膨らまし方を急加速させる役割を担っていると思われます。人間同士のブレインストーミングと異なり、24時間いつでも応答が得られるうえ、さまざまな専門知識を横断的に吸収した大規模言語モデルとのやり取りは、アイデアの射程を一気に広げることができるのです。 実際に、この543件の特許を横断的に調査してみると、ロボットの通信プロトコル、身体設計、感情分析アルゴリズム、自然言語処理の発展形など、多方面にわたる技術要素が散りばめられています。それぞれが単独の技術というよりも、相互に補完し合う“エコシステム”を形成するかのように構想されており、この統合的な視点こそが、ChatGPTとの壁打ちで生まれた新しい発想なのではないでしょうか。 孫氏はこれまでも、ソフトバンクグループとしてロボットの実用化に積極的でした。ペッパーやWhizなど、生活やビジネスシーンに溶け込むロボットの投入実績があるものの、一方で「感情を読み取る」「対話を深める」という部分ではまだ課題が残されていたとも言えます。今回の543件が示唆するのは、その“壁”を越えるために、最先端の言語モデルと組み合わせ、ロボットをより人間に近い存在へと進化させようという大きな挑戦です。 3. ぬいぐるみ型ロボットから高度な防犯システムまで 543件のうち、特に目を引くのが「ぬいぐるみ型」のロボットに関する記載です。これは、ユーザに愛着を持ってもらいやすい外観・手触りを採用し、子供から高齢者まで幅広い層と円滑にコミュニケーションが取れるようにする狙いが感じられます。目や耳に相当するカメラやマイクを搭載し、内部には高度なセンサ群やAIチップが組み込まれることで、ユーザの発話や行動、さらには表情や声のトーンまでも解析する設計が提案されているのです。 一方、同じ特許群には、防犯や監視といったシリアスな活用例も数多く散見されます。防犯カメラの代替としてロボットが置かれ、不審者を検知したら警報を発し、さらには自身で周囲の人に危険を知らせるといった流れが想定されているのです。ここには、ロボットの「自律判断能力」がポイントとなります。人間が目を離しているときでもロボットが自主的に動き、危険を未然に防ぐことができれば、社会全体の安全度は大きく向上するでしょう。 さらに、館内スタッフや展示案内などの用途にも言及があり、ユーザが訪れた場所の情報や履歴を瞬時にロボットが把握し、必要な案内をより“対話的”に提供する仕組みまで提示されます。まるで人間のコンシェルジュのように、訪問者の希望を先回りしてサポートしてくれるロボットは、ショッピングモールやホテル、美術館などあらゆる公共スペースで活躍する余地がありそうです。 4. 特許群が示唆する“個人情報”の課題と責任 これほど多様なシチュエーションでユーザの感情や行動データを扱う以上、プライバシーや情報管理の問題が浮上するのは必然です。特許文書にも、情報の扱い方やセキュリティ・暗号化技術に言及するものが含まれていますが、実際に実用化するとなると、法的な枠組みや倫理ガイドラインの整備が不可欠でしょう。 特に、ユーザの“感情”というセンシティブなデータを収集・解析するという発想は、誤用されれば悪意ある第三者に不安定な立場を与えかねません。また、ロボットとの対話内容は人間同士の会話よりも正確に記録され、ビッグデータ化される可能性があります。そこからユーザの生活パターンや好み、人間関係までもが容易に推測できてしまうリスクは、従来のITサービス以上に深刻なプライバシー問題に発展しかねないとも考えられます。 孫氏とChatGPTの組み合わせが生み出すイノベーションは、私たちの生活を劇的に効率化し、豊かにしてくれるかもしれません。しかし、その恩恵を享受するためには、社会全体がリスクを正しく理解し、安心して利用できる仕組みを築かなければなりません。特に、ユーザデータの取り扱いについては、企業や開発者だけではなく、私たち一般ユーザもまた学び、考え、意見を発していく姿勢が重要になるでしょう。 5. 543件の特許が変える私たちの生活シーン では、もしこれらの特許に描かれた技術の多くが実際に実用化されたら、私たちの暮らしはどのように変わっていくのでしょうか。想像力を広げてみると、以下のようなシーンが思い浮かびます。
6. まとめ:ChatGPTと孫正義氏が開く“次の扉” ロボットが人間の行動データや感情情報をリアルタイムに読み取り、私たちの生活に寄り添う――以前であればSFのような話も、今まさに現実のものとなろうとしています。ソフトバンクグループの創業者・孫正義氏とChatGPTの組み合わせは、わずかな時間で数百もの先進的アイデアを創出・発展させる可能性を秘めているのです。その先駆けとなるのが、今回分析された543件の特許群と言えるでしょう。 もちろん、技術が成熟すればするほど、プライバシーやセキュリティ、そして社会的・倫理的な課題も鮮明に浮かび上がります。しかし、イノベーションとは常にリスクと隣り合わせであり、私たちは技術を使いこなし、適切にコントロールしていく知恵を磨く必要があります。ロボットとの対話が普遍的になり、あらゆる場面で行動をサポートしてくれる近未来像は、もう遠い夢物語ではありません。 今後、これらの特許を基にさまざまな実験的プロジェクトが動き出し、さらに多くの実用化例が生まれていくことでしょう。そのとき、私たちの暮らしは一層の豊かさと、かつてない効率性を手に入れる可能性があります。そしてその根底にあるのは、孫正義氏とChatGPTが生み出した“新時代の創造力”――人間とAIが共創することで、既成概念を大きく塗り替えるエネルギーなのです。 私たち一人ひとりも、この新しい世界をただ“受け取る”だけでなく、どう活かすか、どのように責任を分担していくかを考える主体にならなければなりません。543件の特許は、単に“技術の羅列”ではなく、“未来社会への提案”そのものだと言えます。ロボットやAIと共生し、新しい価値観を築くことが、孫正義氏の「情報革命」の先にあるのではないでしょうか。今まさに開かれようとしている扉の向こうに、驚くべき未来が待ち受けている――そんな期待に胸を高鳴らせつつ、一歩を踏み出していきたいものです。 生成AIとの「壁打ち」で、新たな発明を創出する方法
序章:なぜ「生成 AI で壁打ち」なのか コラム:孫正義氏の“ChatGPT 壁打ち”が生む新時代の創造力 第1章:生成 AI の基礎理解 第2章:イノベーションと「壁打ち」思考法 第3章:生成 AI との壁打ちの進め方(基礎編) 第4章:生成 AI を活用した発明創出のプロセス設計 第5章:実践事例 1──ものづくり・ハードウェア系の発明創出 第6章:実践事例 2──ソフトウェア・IT サービス系の発明創出 第7章:上級編──壁打ちの高度化と AI の組み合わせテクニック 第8章:倫理・法的側面から見た AI 活用上の注意点 第9章:AI 時代の研究者・技術者が身につけるべきスキルセット 第10章:これからの未来と展望 補章:参考資料と実践ガイド |
Author萬 秀憲 ArchivesCategories |