「2009年以降、特許査定率が上昇・高止まりし、産業界からは、現在の審査、特に進歩性判断は「甘い」のではないかとの声が上がっている。」ことについて、企業知財部の集まりである日本知的財産協会の特許委員会、特許出願・権利化の代理人弁理士の集まりである日本弁理士会の特許委員会で、様々な検討が進められているようですが、現時点では、そのようなことはないとの結論のようです。 過去、特許庁が産業界等の要請で、新規性・進歩性・記載要件等の特許要件に対し、厳格な審査を進め3年間で拒絶査定率を9.5ポイント上昇させたことがありました。 一方、2009年以降の特許査定率の上昇は、裁判所主導の進歩性見直しが特許庁の審査に及んだとみられていますので、近年の「特許査定率が上昇・高止まり」の問題を考えるときは、特許庁の審査について裁判所との乖離を比較検討する手法はあまり有効ではないと考えられます。むしろ、審査と裁判所の乖離を見ると裁判所の判断の方が出願人、あるいは権利者有利な方向にあると思われるからです。 近年の特許審査は「甘い」のか? 日本知的財産協会 特許第1委員会 第3小委員会/特許第2委員会 第2小委員会 知財管理 70巻(2020年) / 9号 / 1351頁 http://www.jipa.or.jp/kikansi/chizaikanri/search/detail.php?chizai_id=84f3e7c0a16d4fbca924d6733b5021a8 2009年以降、特許査定率が上昇・高止まりし、産業界からは、現在の審査、特に進歩性判断は「甘い」のではないかとの声が上がっている。しかし、その根拠については必ずしも明確ではない。「甘い」という表現は、相対的なものであって、何らかの基準に照らしての評価だと考えられること、また、前述の産業界の発言において「甘い」という表現は、否定的な意味合いで使われていることから、本稿では、「審査が甘い」とは、「審査が、他の審理等よりも特許が通りやすい形で乖離し、何らかの不具合が生じていること」と定義し、調査を行った。調査の結果、日本の特許は過去に比べて「通りやすくなっている」ものの、他の審理等との乖離は少なく、安定的な権利が付与されていることがわかった。なお、本稿の調査範囲内では、「甘い」に含まれる否定的な意味合いの実態を掴めなかったため、他国における特許審査等、本調査の範囲外とした基準との比較が今後の検討課題と考える。 近年の日本の特許査定率に関する考察 日本弁理士会 令和元年度 特許委員会 第 1 部会 月刊パテント2020年 5月号 Vol. 73 No. 5 P3 https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3537 近年,日本の特許査定率は欧州及び米国よりも高い。そこで,その高い特許査定率の要因について検討した。特定の技術分野に限定して日欧米の審査状況を分析した結果,技術分野ごとの日欧米の特許査定率は,日欧米の全体の特許査定率とは比例しておらず,寧ろ逆転しているものもあった。従って,単に日本特許庁の全体の特許査定率が高いことをもって日本特許庁の審査が甘いと判断することはできないと考える。 日本特許庁の特許査定率が欧州及び米国よりも高くなっている要因は複数のものが組み合わされているようであり,例えば「技術分野ごとの日欧米の出願割合と特許査定率の相違」,「対象発明の事業化の中止決定の時期」,「欧州での高額な維持年金」,「三庁の審査プラクティスの相違」,「米国の最も広い合理的解釈(BRI)基準」,「三庁の審査の順番」,「日本での審査官面接の積極的な利用」等が挙げられた。 特許の進歩性判断の予測可能性について 塚原朋一 元知的財産高等裁判所所長 http://www.soei.com/wordpress/wp-content/uploads/2018/08/83%E9%9A%8F%E6%83%B3.pdf 同一技術分野論は終焉を迎えるか 塚原朋一 元知的財産高等裁判所所長 https://www.inpit.go.jp/content/100126247.pdf 進歩性を考える 髙部眞規子 元知的財産高等裁判所所長 https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3931 特許年次報告書2002年版 序章 知的財産立国に向けた特許行政の課題 第1部 産業競争力強化と知的財産政策の推進 第2章 知的創造時代の審査・審判 1.特許審査を取り巻く状況 https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11239397/www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2002_pdf/1-2-1.pdf ②特許の重要性の増大と質の向上への要請 科学技術創造立国を国是とする我が国において、新たな事業創生や新製品開発の基盤となる、国際競争力を確保し得る重要な特許出願が増加している。さらに、特許侵害訴訟も年を追って増加する中、その訴訟の結果である損害賠償額についても、1998年10月の東京地方裁判所における30億円(医薬品(H2ブロッカー)特許侵害訴訟、原告:スミス・クライン・フレンチ・ラボラトリーズ・リミテッド、被告:藤本製薬株式会社)や、2002年3月の同地方裁判所における合計84億円(パチスロ機特許権侵害訴訟、原告:アルゼ株式会社、被告:株式会社ネット、サミー株式会社)を始めとした高額損害賠償訴訟が相次いでおり、特許権の価値は急速に高まりつつある。 こうした特許の価値が高まる中、とりわけ経済的価値の高い技術や企業経営に大きな影響力を与える技術等に関する特許権については、事業の実施や権利行使に際して、権利の無効や権利範囲の変動が生じた場合の特許権者や関係者に及ぼす影響が甚大であることを踏まえ、後に無効審判や裁判などによって審査の結果が覆ることのない安定したものであることが望まれる。 また、その権利付与にあたっては、革新的技術開発を促し、過当な出願競争を抑え、あわせて、第三者の正当な実施や経営を阻害せぬよう、新規性・進歩性等の要件を重視した審査が内外の産業界などから求められている。 例えば、我が国製造業が直面している知的財産権の現状と企業側の問題意識を取りまとめた「製造業に係る知的財産権の現状と企業の取組等について」(2001年10月、経済産業省製造産業局)によれば、昨今の審査待ち期間の短縮化に対し一定の評価をしつつ、「審査の迅速化に取り組み始めて以降、(中略)分野によっては、従来であれば特許になり得なかったものも、権利として認められているとの意見が複数の業種・企業から出された」とした上で、それによる課題を列挙するなど、進歩性要件の厳格化を求めている。 また、「新たな分野における特許と競争政策に関する研究報告書」(2002年6月、公正取引委員会)においては、「『強く広い』権利保護というプロパテント政策の下では、特許出願審査に関しては、新規性・進歩性や記載要件(クレームの範囲)について、より質の高い審査が必要である」と的確な審査への強い要請が示されている。 こうした産業界等の要請のある中、後述の取組を進めるとともに、新規性・進歩性・記載要件等の特許要件に対し、厳格な審査を進めており、ここ3年間で拒絶査定率は9.5ポイント上昇している。 審査基準と裁判所の判断との乖離についての検討~進歩性の観点から~ 令和 2 年度特許委員会第 2 部会 第 2 チーム https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3965
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著者萬秀憲 アーカイブ
December 2024
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