東京医科歯科大学、medU-netが例年開催している「医療イノベーション人材養成プログラム」は、2004年~2020年の総受講者数が609名になったそうです。今年はオンライン開催になっており、特別講演会「コロナ禍での特許オープン・クローズ戦略」も、12月12日にオンラインで開催されました。
ワシントン大学・慶応大学教授の竹中俊子氏の「イントロダクション」、東京経済大学教授の長岡貞夫氏「創薬イノベーションにおける新型コロナウイルス危機の克服」のあと、パネルディスカッションが行われ、武田薬品工業の森誠司氏、キヤノンの長澤健一氏、山本特許法律事務所の馰谷剛志氏が登壇し、竹中俊子氏をモデレーターとして行われました。 東京経済大学教授の長岡貞夫氏の講演「創薬イノベーションにおける新型コロナウイルス危機の克服」を非常に興味深く視聴しました。 コロナ禍で、ワクチン開発でmRNAやウイルスベクターなどの新しい創薬技術活用が飛躍的に進捗したこと、臨床試験ではバイオテクノロジー企業と、製造能力や治験で高い能力やノウハウをもった大手製薬企業とがうまく協業したこと、政府によるプル・インセンティブとプッシュ・インセンティブの両方が重要な役割を果たしたと考えられること。しかし、治療薬開発では、特許による様々な状況があり、複雑になっている事がわかりました。 ワクチン、治療薬とも、早期の実現を期待しています。 創薬イノベーションによる新型コロナウイルス危機の克服 ⻑岡貞男 東京経済大学経済学部教授、経済産業研究所プログラムディレクター https://www.rieti.go.jp/jp/events/20080401/pdf/nagaoka.pdf コロナ危機と医療・創薬(配付資料・動画配信) 日時:2020年8月4日 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI) https://www.rieti.go.jp/jp/events/20080401/handout.html 東京経済大学教授の長岡貞夫氏の講演メモ はじめに •新型コロナウイルスによる健康被害、経済被害を克服するための最も抜本的な解決策は創薬 •既に多くの創薬企業や大学などの研究機関が新型コロナウイルスの治療あるいは予防の研究開発に乗り出している •二つのリサーチ・クエスチョンを分析 -第一に、比較的短期間にワクチンと治療薬への創薬投資が大きく進展しているのは何故か。 -第二に、ワクチン開発や既存薬からのドラッグ・リパーパシングにおいて、専有可能性からの制約がどの程度重要であるか •市場に任せておいたのでは、ワクチン開発も既存薬のリパーパシングも、進まないのではないか。 •12月初頭で世界全体で、51 の候補ワクチンが、人を対象とした臨床開発の段階。さらに163の候補ワクチンが前臨床の段階。(WHO(2020,12月))。 •中でも、13のワクチンの大規模な第3相の臨床試験を実施中。一部は高い有効性・安全性が確認され、接種に移行しつつある。 -新しい創薬技術が活用されている(mRNA、ベクター、タンパク質、VLP) -mRNA、ベクターなど新技術によるワクチンでは 90%を超える有効率。 -2020年5月の段階で人を対象とした臨床試験に入っていたワクチン候補の多くが、第3相最終段階まで進んでいる。 治療薬の開発 •治療薬については、FDA(2020,12月) によると、10月末で、370の医薬品が人を対象とした臨床開発の対象 •人を対象とした臨床試験に入っているのは、既存薬(ないし候補薬)の活用(リポジショニングあるいはリパーパシング)がメイン ・新薬の開発も増加しているが、まだ初期段階 創薬の担い手 •ワクチンも治療薬も「バイオテクノロジー企業」が多い •こうした企業は、従来から新創薬技術の開発をしてきており、その成果を活用。エボラなどの感染症、癌などへのワクチンの可能性 •中国の企業が積極的に創薬に参加。臨床開発も国際的に推進。 ワクチンへの開発とインセンティブ •COVID-19のワクチンの場合は、政府調達となるため、研究開発投資のホールドアップ問題 医薬品が成功した段階(第3相臨床試験終了段階に)で価格交渉→政府調達である ため企業側の交渉力が弱く、ワクチンの価値を価格に十分反映できない→サンク費用となる研究開発投資を回収できない 加えて、 -専用生産設備への投資リスク -副作用による被害救済 -需要の不確実性 (1)パンデミックの収束(例 Ebola)。 (2)どの程度、広い接種を確保出来るのか(集団免疫は公共財)。 •事前買い取り約束と研究開発への支援 事前買い取り契約(プル・インセンティブ)はどのような場合に有効か •第3相の臨床試験のコスト(以下でC)が高い ワクチンの場合は、健常者に投与するので安全性へのスタンダードが高く、数万人規模の臨床試験 •創薬企業の事後的交渉力(以下でθ)の低さ (社会的な利益をどの程度価格に反映できるか) •政府にとっても、数量を確保することで計画的な接種ができ、また企業の事後的な独占力の発生による不効率(価格が供給費用を大幅に超えることによる死荷重)を抑止できるメリット プッシュ・インセンティブの役割 •プッシュ・インセンティブは、ワクチンの研究開発コストを直接補助。 •研究成果の波及効果(外部性)が大きく、専有可能性が低い、基礎的、あるいは基盤的な研究には、政府は従来から補助 •人を対象とした医薬品の臨床試験の場合には、補助対象となっていない場合が大半であるが、COVID-19の場合、 -プル・インセンティブで議論したように、上市からの収益性が不確実、 -創薬を加速することに大きな意義、さらに -新しいワクチン創薬技術が実証されることによる波及効果 COVID_19におけるプル・インセンティブとプッシュ・インセンティブの活用 •米国では、第3相の臨床試験の前に価格と購入量をコミット(プル・インセンティブ)。また、緊急事態対処法(PREP Act)で治療薬やワクチンの供給企業は訴訟リスクから免責されている •また、試験開発自体も直接支援(プッシュ・インセンティブ)。例、モデルナ社の臨床試験はNIHがスポンサー。 •日欧でも、事前買い取り契約について米国と同様の措置。 既存薬からのドラッグ・リパーパシング •既存薬では、物質特許が失効、後発薬が既に供給されている場合もある。このため、仮にCOVID-19の治療薬として上市をしても収益性は乏しく、臨床試験への投資回収が制約される。 -新型コロナ・ウイルスでの有効性を確認し、また最適な投与タイミングや用量の決定のためには、第3相の臨床試験が必要。自然治癒する確率も高く、検証には大規模な臨床試験が必要。 -新型コロナ・ウイルスが一過的なパンデミックで終われば、新薬を活用する機会は限られている。 -用途特許は獲得できるかどうか(できても行使ができるかどうか)。 -新効能についてのデータ保護期間(あるいは再審査期間)は比較的短く(日本の場合4年)、保護が限定されている国もある(米国ではバイオ医薬品にはデータ保護期間による保護はなく、それ以外の医薬品は2年である) 第3相の臨床試験は順調か •承認された医薬品は、日本ではレムデシビルとデキサメタゾン。米国ではレムデシビルのみ。検証には大規模で質の高い臨床試験が必要。 -レミデシビルでも有効性に疑問符(WHO(2020、11月)。 •既存薬のリパーパシングにおいて、既存薬の特許が有効でない場合にもオリジネーターが高いレベルで投資が可能なのか。 -レムデシビル 対 アビガンの臨床試験 -レムデシビルも臨床試験をNIHが支援。またデキサメタゾンは英国のRECOVERY(Randomised Evaluation of COVid-19 therapy)試験の成果。バリシチニブなどを緊急使用許可(FDA,2020) 他方で、ドラッグ・リパーパシングの機会自体は、特許切れで後発品がある場合の方が早期に見いだされる可能性 •既存薬からのドラッグ・リパーパシングの可能性の発見は、多くの場合、その医薬品を当初創製した企業(オリジネーター)ではなく、大学や公的研究機関。 •統計的検証によると、特許権、後発品の有無は、オリジネーターの参入より大学等の臨床研究への参加により影響。かつ、大学の参入の方がオリジネーターの参入より、第3相臨床開発まで進んでいるかどうかに影響が大。 機会の発見が重要。物質特許が失効し、後発薬が既に供給されている有効成分の場合には、大学等で臨床研究を行うことがより容易? まとめ •ワクチンについては、mRNAやウイルスベクターなど、新しい創薬技術が活用されたことが急速な進展にとって重要であった。バイオテクノロジー企業と大学がその担い手。 -これらの創薬技術では新しいウイルスの遺伝子情報が識別されれば、短期間でワクチンの設計ができる優位性、化学合成が可能。 •ワクチンの臨床試験では、製造能力や治験で高い能力やノウハウをもった大手製薬企業と連携。 •ワクチンでは、バイオテクノロジー企業を含め、多くの組織によるCOVID-19克服を向けた創薬への参入を支えたと考えられる。しかし、同時に、政府によるプル・インセンティブとプッシュ・インセンティブの両方が重要な役割を果たしたと考えられる。 •治療薬では、既存の医薬品(あるいは候補薬)からのドラッグ・リパーパシングが短期的には主力となっている。ドラッグ・リパーパシングには、機会の発見と専有可能性の両方が重要。 •ドラッグ・リパーパシングでも有効性を実証するには、COVID-19の場合、大規模で質の高い臨床試験が必要であり、専有可能性は重要。 •同時に機会の発見を促進するために、有効な特許権を保有するオリジネーターも、治験薬の提供等を含めたオープンアプローチが重要。
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著者萬秀憲 アーカイブ
December 2024
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