「知的財産推進計画2023」の「Ⅲ.知財戦略の重点10 施策」では、「3. 急速に発展する生成AI 時代における知財の在り方」で、「生成AI と著作権」「AI 技術の進展を踏まえた発明の保護の在り方」の二つが取り上げられていますが、マスコミは、「生成AI と著作権」をピックアップしてとりあげているようです。(もっとも、「概要」でもそういう取り上げ方です。)
「AI 技術の進展を踏まえた発明の保護の在り方」についての項目、しっかり見ておこうと思います。 AI 技術の進展を踏まえた発明の保護の在り方 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/230609/siryou2.pdf P.32~P.35 (2)AI 技術の進展を踏まえた発明の保護の在り方 (現状と課題) AI 関連発明については、上述の「新たな情報財検討委員会報告書」において、「具体的に検討を進めることが適当な事項等」として「学習済みモデルの適切な保護と利活用促進」及び「AI 生成物に関する具体的な事例の継続的な把握」が掲げられており、特許庁では、AI 関連技術に関する特許審査事例の公表(2017年3月に5事例公表、2019 年1月に 10 事例追加)等の取組を行ってきた。 同報告書では、「引き続き検討すべき事項等」として、「AI のプログラムの知財制度上の在り方」及び「AI 生成物の知財制度上の在り方」が掲げられた。また、同時期に公表された「AI を活用した創作や3D プリンティング用データの産業財産権法上の保護の在り方に関する調査研究報告書」では、「現時点では、一部の企業からAIによる自律的な創作を実施しているとの情報も得られているが、特許法で保護するに値する AI による自律的な創作の存在は確認できていない」、「2020 年頃には、AI が自律的な行動計画によって動作するようになると予測されている。さらに、2030 年頃になると、更に広い分野で人間に近い能力を発揮できるようになり、例えば、判断や意思決定、創造的活動等といった領域でも代替できる部分が増えると見込まれている」との指摘がされていた。 これまで、AI は、人間の創作を補助するものに過ぎないと考えられていたが、ChatGPT 等の出現により、AI による自律的創作が実現しつつあるとの指摘もされている13。従来、技術的思想の創作過程は、①課題設定、②解決手段候補選択、③実効性評価の 3 段階からなり、このうちのいずれかに人間が(創作的に)関与していればその人間による創作であると評価するとの考え方が示されていた。このような考え方によれば、解決手段に関する技術的な知見がない者であっても、課題設定さえできれば、ChatGPT 等の AI を用いて解決手段を得ることにより(なお、③実効性評価についてもシミュレーション等による自動化が容易に想定できる。)、技術的思想の創作(発明)を生み出すことができるようになると考えられる。 このように、ChatGPT 等の万人が容易に利用可能な AI が出現したことにより、創作過程における AI の利活用が拡大することが見込まれ、それによって生まれた発明を含む特許出願が増えることが予想される。そのような発明(例えば、上述の創作過程の①~③の一部において、人間が創作的な関与をせず、AI が自律的に行ったもの)の審査において、創作過程での AI の利活用をどのように評価するかが問題となるおそれがある。そこで、発明の創作過程における AI の利活用が特許審査へ与える影響(例えば以下に述べる進歩性や記載要件等の判断への影響)について検討・整理が必要と考えられる14。 進歩性(特許法第 29 条第2項)の判断については、どのような技術分野で、どのような形態での AI の利活用が当業者の知識・能力の範囲内とされるかによって、創作過程で AI を利活用した発明はもちろん、AI を用いていないものについても進歩性の有無が左右されるとの研究もある15。また、創作過程における AI の利活用を、進歩性の評価においてどのように取り扱うかを明確化することが必要との考えもある16。進歩性を特許の要件とするのは、当業者が容易に思い付く発明に排他的権利を与えることは、技術進歩に役立たず、かえってその妨げになるからである。これらの点を考慮して、今後の進歩性の審査に当たっては、急速な AI 技術の発展(それによる AI 技術の適用分野の拡大や技術常識の変遷等を含む。)の影響も踏まえ、大量に生み出されることが予想される AI を利活用した発明について、適切に進歩性の判断を行う必要がある。 また、2022 年2月に公表された「近年の判例等を踏まえた AI 関連発明の特許審査に関する調査研究報告書」によれば、明細書等において、化合物の機能についてマテリアルズ・インフォマティクスによる予測が示されているに過ぎず、実際にそれを製造して機能を評価した実施例が記載されていない場合には、主要国では記載要件違反となり得る旨が示されている。他方で、AI 等を用いた機能予測の精度がさらに高まり、(in-silico の)予測結果の信頼性が実際の(invitro/in-vivo)実験結果と同程度と認められるようになった場合には、異なる判断が必要となる可能性もある17。急速な AI 技術の発展の中で、特許審査実務上の影響を整理し、その影響に対応していくに当たって、その審査の在り方は、特許権というインセンティブを付与するに際し、AI を利活用した創作において人間の関与がどの程度あるべきかや、AI の利活用が創作過程の各段階に与える影響等も考慮した進歩性等の判断がどうあるべきかということも含め、特許法の目的である産業の発達への寄与という趣旨に立ち返って再検討される必要がある。 また、これまで以上に幅広い分野で創作過程における AI の利活用が見込まれることを踏まえて、特許庁においては、特にこれまで AI 技術の活用が見られなかった分野等も含め、AI 関連発明の審査をサポートできるような審査体制を整備する必要がある。 さらに、これらの点も踏まえながら、AI 関連発明の特許審査の迅速性・質を確保するために、AI 関連発明の審査事例の更なる整理・公表が望まれる。併せて、我が国で創出されたイノベーションについてグローバルに適切な保護を得られるようにするためには、我が国が主導しての特許審査実務のハーモナイズが期待されるところ、そのための端緒として、まずはケーススタディを通じた各国の AI 関連発明の審査実務の情報収集・比較が必要と考えられる。 なお、発明についても、著作物と同様に、AI が自律的に(人間による創作的な関与を受けずに)創作した場合の取扱いについても、諸外国における取扱いの状況も踏まえて、「新たな情報財検討委員会報告書」公表後の新たな課題の有無等を含めて確認、整理しておくことが必要である。 (施策の方向性) ・ 創作過程における AI の利活用の拡大を見据え、進歩性等の特許審査実務上の課題や AI による自律的な発明の取扱いに関する課題について諸外国の状況も踏まえて整理・検討する。 (短期)(内閣府、経済産業省) ・ これまで以上に幅広い分野において、創作過程における AI の利活用の拡大が見込まれることを踏まえ、AI 関連発明の特許審査事例を拡充し、公表する。 また、AI 関連発明の効率的かつ高品質な審査を実現するため、AI 審査支援チームを強化する。 (短期)(経済産業省) 13 例えば、OpenAI 社が 2023 年 3 月に公表した LLM である GPT-4 のテクニカルレポートでは、GPT-4(と既存の検索ツール等との組合せ)により、「ある化合物と同様の性質を持つ化合物であって、新規性があり(=特許が取られておらず)、市販のもの(又は市販のものに修正を加えて得られるもの)を探し、購入(及び、必要な場合、合成の指示を作成)する」というタスクの実行可能性が示されている(OpenAI, "GPT-4 Technical Report," March 2023, https://arxiv.org/abs/2303.08774)。このことは、これまでの AI のユースケースが、既知の情報に関する質問に対する(新たな)自然言語による回答の表現の自動的な生成であったのに対し、GPT-4 では、未知の情報についての回答を生成できる可能性があることを意味する。すなわち、ある技術的課題を提示することにより、未知の(新たな)解決手段を AI が示す可能性が示唆されている。 14 例えば、潮海久雄「AI 関連発明の特徴と将来的課題――進歩性,開示要件,発明者」『ビジネスローの新しい流れ 片山英二先生古稀記念論文集』(2020 年 11 月、青林書院)では、(AI で発見された薬等の物質を含む)AI 関連発明の進歩性や開示要件等についての課題が示されている。 15 アナ・ラマルホ「AI により生成された発明の特許性-特許制度改革の必要性」(2018 年 3 月、平成 29 年度産業財産権制度調和に係る共同研究調査事業調査研究報告書)https://www.jpo.go.jp/resources/report/takoku/document/sangyo_zaisan_houkoku/2017_04.pdf では、「AIの利用が関連技術分野における通常の実験手段である場合には、当業者の技量が引き上げられ、AI の利用が考慮されることになる。 このため、(たとえ問題となっている発明者が AI を利用していなかったとしても)AI を利用する当業者にとって発明が自明ではない場合に、特許が付与されることを意味する。」との指摘がされている(p. ix)。 16 前掲脚注 14 の p. 233 では、AI 関連発明の進歩性判断における困難な点として、AI 関連発明の性能向上に関わる多くの要素のうち、「どの要素のどの程度の工夫が AI を使用することによる当業者の通常の創作能力の発揮に当たるのかがわからない」等の指摘がされている。 17 調査報告書で各国における判断が示された事例(「特許・実用新案審査ハンドブック」附属書 A 1.事例 51)についての我が国における判断について、伊藤真明「AI 関連発明に関する近年の審査基準等の改訂について」『特技懇』294 号(2019 年 9 月、特許庁技術懇話会) http://www.tokugikon.jp/gikonshi/294/294tokusyu1-1.pdf は、「学習済みモデルの予測結果が実際の実験結果に代わりうることは出願時の技術常識でないという前提を置いています。・・・この事例では、このような前提も考慮した上で、実施可能要件違反及びサポート要件違反の拒絶理由が存在するという判断をしています。」としており、出願時の技術常識等に応じ判断結果が変わることは当然の前提とされている。
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著者萬秀憲 アーカイブ
October 2024
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