令和4年(行ケ)第10064号「微細結晶」事件(令和5年7月13日判決)は、進歩性の判断で、阻害要因が認められているものと理解できます。
『 a 本件発明1と甲1結晶発明を対比すると、両者は、「化合物1の結晶」という点で一致し、以下の点で相違する。 (相違点1)本件発明1は、平均粒径が0.5~20μmの微細結晶であると特定しているのに対して、甲1結晶発明は、平均粒径及び微細結晶であることの特定がない点 (相違点2)本件発明1は、結晶化度が40%以上であると特定しているのに対して、甲1結晶発明は、結晶化度の特定がない点 』 相違点1も相違点2も、それぞれ単独だと組み合わせる動機付けもあると考えられますが、相違点1の課題(溶解性)と、相違点2の課題(安定性)を考えたとき、溶解性を追求するとの観点から溶解性を高めるための周知技術(結晶の粒子径を小さくする)を採用し、かつ、安定性を追求するとの観点から溶解性を低下させる結果となり得る周知技術(結晶の結晶化度を大きくするとの周知技術)をあえて採用することが容易に想到し得たこととは認められませんでした。 周知技術の組み合わせを阻害する要因で進歩性が肯定されたわかりやすい事例といえるでしょう。 令和4年(行ケ)第10064号 審決取消請求事件 判 決 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/206/092206_hanrei.pdf 令和4年(行ケ)第10064号 「微細結晶」事件 https://unius-pa.com/wp/wp-content/uploads/2023/10/R4_gyouke_10064.pdf 令和4年(行ケ)第10064号「微細結晶」(知的財産高等裁判所 令和5年7月13日) https://ipforce.jp/articles/soei-patent/hanketsu/2023-10-04-6282 2023.07.13 「共和薬品工業・日医工 v. 協和キリン」 知財高裁令和4年(行ケ)10064 - イストラデフィリンの結晶発明 溶解性と安定性のトレードオフ(阻害要因)により進歩性が肯定された事例 - https://www.tokkyoteki.com/2023/07/2023-07-13-r4-gyo-ke-10064.html 知財高裁令和4(行ケ)10064号(令和5年7月13日判決) https://iwanagalaw.livedoor.blog/archives/21379124.html 安高史朗の知財解説チャンネル 今月の進歩性 202307 ②令和4(行ケ)10064 審決取消請求事件(約24分) https://www.youtube.com/watch?v=61NDUgN_b9M 【コメント】 相違点1,2に係る本件発明の課題および解決手段はいずれも周知であると認定されているので、相違点1,2を個別に検討すると、一見設計事項(数値範囲の好適化・最適化)のようにも思える。 しかしながら、各課題を解決する周知の手段が複数存在すること、および「非晶質の薬物の方が一般に溶解性が高い」という技術常識Aが認定された結果、相違点1の課題(溶解性の向上)に悪影響を及ぼしかねない相違点2の解決手段(結晶化度を大きくする)をあえて採用することの容易想到性が否定された。 「他の解決手段が周知であった」ことから、あえて本件発明の解決手段を選択することが容易ではなかった(普通であれば他の周知の手段を採用するだろう)と判断されたのは興味深い。 また、結晶粒径を小さくするとかえって溶解性が低下し得るという技術常識Bも認定され、これらの技術常識A,Bに反して良好な溶解性および分散性を示したことが本件実施例で示されたことから、優先日当時に予測し得なかった効果があると認められた。 特許4606326 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2005-506044/103E212CA3FA86462F7D5ECCF70F39CB46DE1ECB5E667A8B2D5C0482A51C20B4/10/ja 知財管理66巻(2016年) 9号 1119頁 特許の進歩性判断における阻害要因主張の留意点─2種類の阻害要因─ http://www.jipa.or.jp/kikansi/chizaikanri/search/detail.php?chizai_id=5f11091a86fd086871a3c21bc35be383 抄録 特許の進歩性判断における阻害要因について、審査基準では、「副引用発明を主引用発明に適用することを阻害する事情があることは、論理付けを妨げる要因(阻害要因)として、進歩性が肯定される方向に働く要素となる。」とされ、4類型に分けて具体例と共に説明されている。そして、「刊行物等の中に、請求項に係る発明を容易に想到することを妨げるほどの記載があれば、そのような刊行物等に記載された発明は、引用発明としての適格性を欠く。」とし、引用発明としての適格性欠如による阻害要因が説明されている。近年の裁判例を確認したところ、阻害要因ありと判断された裁判例の半数以上は、審査基準で具体例を用いずに示された「請求項に係る発明に容易に想到することを妨げるほどの記載」に基づく阻害要因であった。これを踏まえ、本稿では、適切な阻害要因主張について提言する。 近年の裁判例における阻害要因の分類と阻害要因の主張時における留意点の検討 https://jpaa-patent.info/patents_files_old/201511/jpaapatent201511_090-098.pdf 特許出願の中間処理,審決取消訴訟または特許権侵害訴訟において,発明の進歩性を主張するときに,主引用発明と副引用発明との組み合わせを阻害する要因(いわゆる阻害要因)を主張することが良く行われる。実際に実務を担当してみると,事案毎に適切な阻害要因の主張の論理を構築することには困難がつきまとう。このような困難を解決する一つの方策として過去の裁判例において主張された阻害要因の主張趣旨を類型に分類して整理しておくことが考えられる。このように分類して整理しておけば,事案に応じた適切な類型を選択して,阻害要因の主張の論理を構築しやすくなるからである。また,同じ類型であっても,阻害要因が認められた事例,及び阻害要因が認められなかった事例について整理しておけば,今後,より的を得た阻害要因の主張ができるものと思われる。そこで,本論文では,阻害要因が問題になった近年の裁判例を,その阻害要因の主張趣旨毎に分類して得られた阻害要因の類型について紹介する。そして,阻害要因の類型毎に近年の裁判例を紹介しつつ,阻害要因の主張時における留意点について検討した結果を報告する。 知財管理 62巻(2012年) 11号 1547頁 進歩性が争われた判決の研究─阻害要因について─ http://www.jipa.or.jp/kikansi/chizaikanri/search/detail.php?chizai_id=aad509b9b5fb6ba71cf65e1956637da4 抄録 本稿は、平成21年1月~24年3月に進歩性に関連して知財高裁から出された判決のうち、阻害要因に関して判断された事例について検討した結果に基づき、出願人の立場から参考となる事例を紹介するものである。 審査において発明の構成要件が開示された複数の引用文献が審査官より提示されれば、阻害要因を主張しない限り進歩性が肯定されなかった時期もあった。しかし、現在の進歩性の判断においては、発明の構成が開示された複数の文献が存在している場合、阻害要因の有無が唯一の進歩性肯定の理由ではなく動機付けの有無と並ぶ一つの評価要素という位置付けになっている。 引用発明の記載を様々な観点から注意深く確認し、引用発明の組み合わせの阻害要因の存在を主張することは、進歩性を担保するうえで依然として有効かつ効果的である。 知財管理61巻(2011年) 2号 207頁 進歩性判断における阻害要因と証明責任 -テアニン含有組成物事件- http://www.jipa.or.jp/kikansi/chizaikanri/search/detail.php?chizai_id=21c2ca72359c883181ddd9125db3eabe 抄録 本件は、進歩性欠如を1つの理由として請求棄却された拒絶査定の審決に対する取消請求事件であり、「テアニンを有効成分とする抗ストレス剤」に関する引用発明1に、「波増強剤」に関する引用発明2を適用して本件発明の進歩性を否定することの可否が争われた事件である。 裁判所は、自律神経系の作用を開示する引用発明1と中枢神経系の作用を開示する引用発明2とは技術分野を異にするため、両者を組み合わせることには阻害要因があるとし、また引用発明1の抗ストレス剤はストレス状態から平常状態にするものであるのに対して、引用発明2の波増強剤は平常状態からリラックス状態を導くものであるから、引用発明1に引用発明2を適用する示唆もないと判断した。 本稿では、2以上の引用発明同士を組み合わせる場合の「阻害要因」及び「証明責任」という側面から、進歩性の判断について検討した。 課題の相違が動機づけの阻害要因となるか否かに関する審決取消訴訟判決例 https://jpaa-patent.info/patents_files_old/200408/jpaapatent200408_082-097.pdf 特許・実用新案審査基準 第 III 部 第 2 章 第 2 節 進歩性 https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0202bm.pdf
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著者萬秀憲 アーカイブ
December 2024
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