公然実施発明(29条1項2号)に基づく進歩性判断について、大鷹一郎・知財高裁所長の論文から、一般化されている部分について引用しておきました。
日本の裁判所の基本的な考え方が書かれています。 「公然実施発明に基づく進歩性の判断においては、当業者が特許出願前に実施品(公然実施品)に接したものと想定した上で、かかる当業者が、実施品から、どのような技術的思想を読み取り、どのような課題を認識し、その課題の解決手段に容易に想到できるかが問題となるため、製品開発における当業者の視点を的確に踏まえた考察が重要となる。そこで、実際の特許侵害訴訟や審決取消訴訟では、製品の研究開発者、大学研究者等の専門委員の関与の下に審理をするのに適した事案が多いように思われる。」と書かれているように、公然実施発明に基づく判断においては、研究開発者の関与が極めて重要となります。 「公用発明(公然実施発明)と進歩性について」大鷹一郎・知財高裁所長 『ビジネスローの新しい流れ-知的財産法と倒産法の最新動向』(青林書院)」 Ⅰ はじめに 特許法29条は、1項1号から3号において、既に公開されている発明の類型を列挙し、列挙した発明以外の発明について特許を受けることができると規定し、「新規性」の要件を定め、2項において、当業者が1項各号に掲げる発明に基づいて容易に発明をすることができたときは、その発明については特許を受けることができないと規定し、「進歩性」の要件を定めている。 新規性が欠如する発明の類型としては、特許法29条1項1号の「特許出願前に公然知られた発明」(以下「公知発明」という。)、同項2号の「特許出願前に公然実施をされた発明」(公用発明(公然実施発明)。以下 単に「公然実施発明」という。)、同項3号の「特許出願前に頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明」(以下「刊行物記載発明」という。)の3類型があるが、本稿は、公然実施発明を主引用例として、同条2項の規定により進歩性が欠如するかどうかを判断する際に実務上問題となる事項について、知財高判平成30・2・6(平成30年(ネ)第10044号)(以下「本判決」という。) を題材に考察するものである。 Ⅲ 公知と公然実施の区別 特許法29条1項2号の「特許出頻前に公然実施をされた発明」(公然発明)とは、特許出願前に発明の内容が公然知られる状況又は公然知られるおそれがある状況で実施をされた発明をいうものと解される。ここに「公然知られる」とは、発明者のために発明の内容を秘密にする必務を負わない者によって「技術的に理解される」ことをいう。「実施」とは、特許法2条3項に規定する行為をいい、物の発明についてはその物の生産、使用、譲渡等(同項1号)をいう。そうすると「公然実施をされた」というためには、発明の内容が「技術的に理解される」状況で実施されることを要するから、例えば、材料の成分や装置の内部構造に関する発明については、発明の実施品が販売されていたというだけでは足りず、当業者が通常利用可能な分析技術を用いて当該製品から発明の内容を知ることができるものでなければならない。 一方、特許法29条1項1号の「特許出願前に公然知られた発明」(公知発明)にいう「公然知られた」とは、発明者のために発明の枚葉を秘密にする義務を負わない者によって「技術的に理解された」ことをいうものと解されるから、発明が実施されたことにより、「公知発明」に該当する場合があり得ることとなる。 このように発明が実施されている場合には、「公知発明」の問題として捉えることも、「公然実施発明」の問題として捉えることも可能であるが、進歩性の要件は、当業者が特許法29条1項各号に掲げる発明に基づいて容易に発明をすることができたかどうかを判断するものであるから、進歩性の判断の出発点となる引用発明の認定においては、そのいずれの問題として捉えたのかを明確にすべきである。 Ⅳ 進歩性の主張立証 公然実施発明の認定 「公然実施発明を引用発明として認定するには、実施品が特許出願前に製造、販売されていた公然実施品であることを認定した上で、当該実施品によって具現化されている技術的思想を言語で表現することによって認定する。この場合、実施品の現物、実施品の解析結果、取扱説明書、ウェブサイト、カタログ、パンフレット等の広告宣伝における説明等が認定賓料となり得る。実施品の解析結果の証拠化の方法としては、公証人作成の事実実験公正証書によって、製品が梱包された状態から開梱し、製品の現状、解析の状況を順次記録する方法、第三者の分析機関に解析を依頼する方法などが実務上見受けられる。公然実施発明の認定は、実施品に接した当業者が、特許出願時の技術常識を踏まえて、発明の内容を認識できるかどうかによることになるから、技術常識を基礎づける資料も、認定資料となり得る。」 容易想到性の論理付け 「…引用発明が刊行物記載発明の場合、例えば、刊行物の特許公報には、特許請求の範囲の ほか、明細書の発明の説明に、発明の課題、構成、効果、実施例等が記載されているため、これらの記載を手掛かりとして、相違点に係る請求項に係る発明の構成に至る動機付け等となる要素を認定し、論理付けを行うことができる。一方、引用発明が公然実施発明の場合には、実施例自体は実在する具体的な技術そのものであり、市場においてベストモードの完成品として提供されているものであるため、通常は、実施品自体やその取扱説明書等にその課題等の記載がなく、他の資料から、動機付けの手掛かりとなる要素を認定する必要がある。そこで、公然実施発明の場合には、相違点に係る請求項に係る発明の構成を引用発明に結び付けていくために、技術常識や周知技術による論理付けのサポートが必要となり、また、その論理付けは説得的でなければならない。 公然実施発明では、この論理付けをいかに行うかが進歩性判断の鍵となる。…公然実施発明に基づく進歩性の判断においては、当業者が特許出願前に実施品(公然実施品)に接したものと想定した上で、かかる当業者が、実施品から、どのような技術的思想を読み取り、どのような課題を認識し、その課題の解決手段に容易に想到できるかが問題となるため、製品開発における当業者の視点を的確に踏まえた考察が重要となる。」 V 終わりに 「公然実施発明に基づく進歩性の判断においては、当業者が特許出願前に実施品(公然実施品)に接したものと想定した上で、かかる当業者が、実施品から、どのような技術的思想を読み取り、どのような課題を認識し、その課題の解決手段に容易に想到できるかが問題となるため、製品開発における当業者の視点を的確に踏まえた考察が重要となる。そこで、実際の特許侵害訴訟や審決取消訴訟では、製品の研究開発者、大学研究者等の専門委員の関与の下に審理をするのに適した事案が多いように思われる。」
0 Comments
Leave a Reply. |
著者萬秀憲 アーカイブ
December 2024
カテゴリー |