知財高裁令和4年(行ケ)第10081号「ゴルフクラブ用シャフト」事件(令和5年7月13日判決)は、パラメータ発明をサポート要件違反とした審決を維持しました。
判決では、『特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくても当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断するのが相当である(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決・判時1911号48頁参照)。』と偏光フィルム大合議判決を引用しています。 偏光フィルム大合議判決では、「特性値を表す二つの技術的な変数(パラメータ)を用いた一定の数式により示される範囲をもって特定した物を構成要件とする」発明を、いわゆる「パラメータ発明」と呼び、サポート要件の判断を示しました。「特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべき」とし、「パラメータ発明」がサポート要件に適合するためには,「発明の詳細な説明は,その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要する」としました。 本件では、『各発明の課題は、「ねじり剛性が高い繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフト(ロートルクの繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフト)であって、スイングの安定性が高く、プレーヤーのスイングスピードや力量に左右されることなく飛距離の安定性と方向安定性の双方に優れたものを提供すること」(以下「本件課題」という。)であると認めるのが相当である。』と発明の課題を認定し、争点となった構成2ないし5に係るものをすべて本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできないとサポート要件違反としました。 (構成1)各バイアス層と全長ストレート層の弾性率がともに、2 00GPa~900GPaの強化繊維から成る繊維強化樹脂層で構成され、 (構成2)シャフトのトルクをTq(°)とした場合に、1.6≦Tq≦4.0を満たし、 (構成3)各バイアス層の合計重量をB(g)、シャフト全体に渡って位置するストレート層の合計重量をS(g)とした場合に、0.5≦B/(B+S)≦0.8を満たし、 (構成4)細径側バイアス層の重量をA(g)、各バイアス層の合計重量をB(g)とした場合に、0.05≦A/B≦0.12を満たし、 (構成5)細径側バイアス層の重量をA(g)、太径側バイアス層の重量をC(g)とした場合に、1.0≦A/C≦1.8を満たす という構成 【請求項1】 複数の炭素繊維強化樹脂層で構成される、ドライバー用ゴルフヘッドを装着する、ドライバー用ゴルフクラブ用シャフトであって、炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30~+70°に配向された層と、-30~-70°に配向された層とをシャフト全長に渡って貼り合せて成るバイアス層と、炭素繊維がシャフト軸方向に配向され、シャフトの全長に渡って位置するストレート層と、炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30~+70°に配向された層と、-30~-70°に配向された層とを貼り合せて成る細径側バイアス層と、さらに同様な太径側バイアス層を有しており、前記バイアス層と前記ストレート層の弾性率がともに、200GPa~900GPaの強化繊維から成る繊維強化樹脂層で構成され、シャフトのトルクをTq(°)とした場合に、1.6≦Tq≦4.0を満たし、前記バイアス層の合計重量をB(g)、シャフト全体に渡って位置するストレート層の合計重量をS(g)とした場合に、0.5≦B/(B+S)≦0.8を満たし、前記細径側バイアス層の重量をA(g)、前記バイアス層の合計重量をB(g)とした場合に、0.05≦ A/B≦0.12を満たし、前記細径側バイアス層の重量をA(g)、前記太径側バイアス層の重量をC(g)とした場合に、1.0≦A/C≦1.8を満たす、ドライバー用ゴルフクラブ用シャフト。 本件では、特許明細書の記載で、 パラメータの技術的意義(なぜ、そのパラメータで解決しようとする課題が解決されるのか)がもうひとつはっきりしないのと、実施例が少なすぎるので、こういう判断になっても仕方ないかなという感じです。「こんなのダメ︕大手企業なのに、えらいミスです。」という評釈もあるくらいです。 パラメータ発明、特に、複数の物性値の関係を数式で表した発明の場合には、出願時の明細書に、下記のことが十分記載されていない場合は、本件のようにサポート要件違反でつぶされてしまうことになる可能性が高くなりますので、注意が必要です。 ①パラメータの技術的意義(なぜ、そのパラメータで解決しようとする課題が解決されるのか)を明らかにしておく。 ②発明の詳細な説明の実施例を充実しておく。パラメータを満たす実施例と満たさない比較例をできるだけ示し、発明が解決しようとする課題を実際に解決できたか否かに関する実験結果を記載しておく。 出願時の技術常識によって、必要な実施例、比較例の数やバリエーションは異なると考えられますが、「所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明について,特許請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に適合するか否かは,当業者が,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識から,当該発明に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。」とする判決(知財高判令和元年11月14日(平成30年(行ケ)第10110号、10112、10155号))がありますので、注意が必要です。 令和5年7月13日判決言渡 令和4年(行ケ)第10081号 特許取消決定取消請求事件 口頭弁論終結日 令和5年5月18日 判 決 https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/205/092205_hanrei.pdf 2023.10.20 知財判決ダイジェスト 特許 令和4年(行ケ)第10081号「ゴルフクラブ用シャフト」(知的財産高等裁判所 令和5年7月13日) https://www.soei.com/%E7%89%B9%E8%A8%B1%E3%80%80%E4%BB%A4%E5%92%8C%EF%BC%94%E5%B9%B4%EF%BC%88%E8%A1%8C%E3%82%B1%EF%BC%89%E7%AC%AC%EF%BC%91%EF%BC%90%EF%BC%90%EF%BC%98%EF%BC%91%E5%8F%B7%E3%80%8C%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%95/ 理系弁護士の何でもノート2 2023年07月25日 知財高裁令和4(行ケ)10081号(令和5年7月13日判決) https://iwanagalaw.livedoor.blog/archives/21446510.html パラメータ発明 2023.07.20 令和4(行ケ)10081 特許取消決定取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和5年7月13日 知的財産高等裁判所 http://www.furutani.co.jp/matsushita/103/
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著者萬秀憲 アーカイブ
January 2025
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