2024年8月7日に判決が言渡された令和5年(行ケ)第10019号審決取消請求事件は、発明の名称を「IL- 4Rアンタゴニストを投与することによるアトピー性皮膚炎を処置するための方法」とする被告らの特許( 特許第635383 8号)の無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟であり、争点(取消事由)は、①進歩性の欠如、②サポート要件違反、③実施可能要件違反で、発明にかかる特許について、進歩性欠如、サポート要件違反及び実施可能要件違反といった取消事由はいずれも認められないとされた事例です。
引用発明との違いは、本件が医薬組成物であるのに対し、引用発明が治験薬組成物である点だけ、という点がいろいろな議論を呼び起こしています。 ユニアス特許事務所 高山 周子 弁理士の判例研究、YouTube「安高史朗の知財解説チャンネル 今月の進歩性 202410 ①令和5(行ケ)10019 審決取消請求事件」でのディスカッションなどがありますが、『「医薬系 "特許的" 判例」ブログ』のFubuki氏の解説が秀逸です。 本判決は、概略、以下のとおり判示し、取消事由はいずれも認められないとして、原告の請求を棄却しました。 「(1) 進歩性の欠如(取消事由1)について ア 技術常識の誤認について 原告は、本件審決が、アトピー性皮膚炎に関する技術常識として、急性期と慢性期に分けて、慢性期に入るとIL- 4などのTh2系サイトカインよりもインターフェロンガンマ、IL- 12産生が優勢となると認定したことが不当であると主張するが、文献の記載も踏まえると、本件審決が認定したアトピー性皮膚炎に関する技術常識中で言及されている「急性期」、「慢性期」とは、病変(皮疹)の「急性病変」、「慢性病変」の趣旨と理解できる。そして、アトピー性皮膚炎は、炎症の強い急性期( 急性病変) ではTh2細胞が優位になるが、慢性状態( 慢性病変) になるとTh1細胞優位となり、炎症部位や病期によって、Th2細胞とTh1細胞間で揺れ動く( Th1/ Th2バランスが変化する) という作用機序を有することが本件優先日における技術常識であったと認められるから、本件審決における当該技術常識の認定を誤りと認めることはできない。 イ 容易想到性の判断の誤りについて 炎症部位や病期によってTh1/ Th2バランスが変化し、このバランスのみでアレルギー疾患を理解することは困難であったことが本件特許の優先日当時の技術常識であり、たとえ優先日前に、アトピー性皮膚炎の治療が可能になるような化合物( 抗体等) の標的となり得る抗原である特定の細胞とサイトカイン( Th2/ I L- 4) が知られていたとしても、他の多くの細胞とサイトカインも作用することが知られている中で、Th2/ IL- 4の働きを阻害することで、本件患者を含む慢性アトピー性皮膚炎の治療効果を奏するかどうかまで、当業者が認識できたとはいえない。 また、甲1における試験段階は第Ⅱ相試験であり、第Ⅰ相試験からの移行の成功率や第Ⅱ相試験から第Ⅲ相試験への移行の成功率の低さ、さらには甲1に記載された情報は臨床試験のプロトコル( 試験実施計画書) にすぎないことからすると、甲 1に記載された治験薬が、試験結果をみるまでもなく当然に治療上有効であると当業者が理解するとはいえない。 本件訂正発明について、当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断に誤りはない。 (2) サポート要件違反(取消事由2)について 本件明細書の記載及び技術常識を総合すると、本件明細書に接した当業者は、本件患者にm Ab1を投与した際のアトピー性皮膚炎の治療効果は、m Ab1のIL- 4 Rに結合しIL- 4を遮断する作用、すなわち、アンタゴニストとしての作用により発揮されるものと理解するものといえ、IL- 4Rに結合しIL- 4を遮断する作用を有する抗IL- 4Rアンタゴニスト抗体( 本件抗体等) であれば、m Ab1に限らず、本件患者に対して治療効果を有するであろうことを合理的に認識でき、本件訂正発明の課題を解決できるとの認識が得られるものと認められる。 (3) 実施可能要件違反(取消事由3)について 当業者であれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常 識に基づいて、IL-4Rに結合しIL-4を遮断する作用を有する抗IL- 4Rアンタゴニスト抗体、すなわち本件訂正発明1における抗体を、公知の方 法及びスクリーニングすることにより、過度の試行錯誤を要することなく製造 することができ、それを、本件患者に対して投与した場合に治療効果を有する ことを合理的に理解できるものと認められる。」 令和5(行ケ)10019 審決(無効・不成立)取消 令和6年8月7日判決 請求棄却(4部) 特許権 (IL-4Rアンタゴニストを投与することによるアトピー性皮膚炎を処置するための方法) 判決要旨 https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/292/093292_point.pdf 令和6年8月7日判決言渡 令和5年(行ケ)第10019号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 令和6年6月17日 判 決 https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/292/093292_hanrei.pdf 2024.10.21 審決取消訴訟等 令和5年(行ケ)第10019号「IL-4Rアンタゴニストを投与することによるアトピー性皮膚炎を処置するための方法」事件 https://unius-pa.com/decision_cancellation/10331/ 安高史朗の知財解説チャンネル 2024/10/26 今月の進歩性 202410 ①令和5(行ケ)10019 審決取消請求事件 https://www.youtube.com/watch?v=EyRTg7ud80Y 「医薬系 "特許的" 判例」ブログ 2024.08.07 「科研製薬 v. リジェネロン/サノフィ」 知財高裁令和5年(行ケ)10019 ― 臨床試験結果に基づく医薬用途発明の特許出願のジレンマ:臨床試験プロトコル公開のインパクト 2024.10.28 https://www.tokkyoteki.com/2024/10/2024-08-07-r5-gyo-ke-10019.html Reiwa 5 (Administrative Case) No. 10019: The Only Difference is Whether It’s a “Pharmaceutical” or a “Clinical Trial Drug.” In the Reiwa 5 (Administrative Case) No. 10019 case, decided on August 7, 2024, a lawsuit was filed seeking the revocation of a trial decision that dismissed the request to invalidate the patent (Patent No. 6353838) of the defendants, titled “Method for Treating Atopic Dermatitis by Administering an IL-4R Antagonist.” The grounds for cancellation included (i) lack of inventive step, (ii) failure to meet the support requirement, and (iii) non-compliance with the enablement requirement. However, none of these grounds for cancellation were upheld in relation to the patent at issue. The main point of contention sparking various discussions is that, while the patent in question concerns a pharmaceutical composition, the cited invention involves a clinical trial drug composition. There has been extensive commentary, including by Patent Attorney Shuko Takayama of Uni-As Patent Office, on YouTube’s "Shiro Yasutaka's IP Commentary Channel: This Month’s Inventiveness 202410, Part 1: Reiwa 5 (Administrative Case) No. 10019 Case for Revocation of Trial Decision.” Additionally, Fubuki from the blog “Pharmaceutical ‘Patent’ Case Law” provides an outstanding analysis.
0 Comments
Leave a Reply. |
著者萬秀憲 アーカイブ
December 2024
カテゴリー |