パテント誌「化学分野における自明性(米国)/進歩性(日本)拒絶理由通知への対応の違い」(パテント Vol. 75 No. 13 2022)は、日米における進歩性/非自明性の相違点等を考慮しつつ、米国拒絶理由への効果的な対応策を検討しています。
乾麺の製造方法事件 平成 29 年(行ケ)第 10013 号、熱間プレス材事件 平成 29 年(行ケ)第10041 号の事例での考察です。 1.はじめに 2.日本での進歩性の考え方 2.1 審査基準 2.2 裁判所の考え方 3.米国での非自明性の考え方 3.1 審査基準 3.2 「自明」への反論 4.日本の事例との比較/実務的留意点 4.1 乾麺の製造方法事件 平成 29 年(行ケ)第 10013 号 知財高裁) 4.2 熱間プレス材事件(平成 29 年(行ケ)第10041 号 知財高裁) 4.3 まとめ 5.おわりに 化学分野における自明性(米国)/進歩性(日本)拒絶理由通知への対応の違い https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/4116 乾麺の製造方法事件 平成29年(行ケ)第10013号 審決取消請求事件 https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/723/087723_hanrei.pdf https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/723/087723_point.pdf 本件は,発明の名称を「乾麺およびその製造方法」とする本件特許の請求項2ないし1 0に係る無効審判不成立審決に対する取消訴訟であり,原告は,取消事由として,進歩性 判断の誤り,サポート要件違反の判断の誤りを主張した。 本判決は,概要,以下のとおり判断して,原告の請求を棄却した。 (1)進歩性判断の誤り ア 本件発明2と引用発明1Aは,乾燥工程の短縮や,復元性の高い麺の製造を可能と する製造方法を提供する点で課題を共通にし,また,多孔質構造の麺を製造する点におい ても共通する。しかし,引用発明1Aは,既に多孔質構造を実現しているのであるから, 課題達成のため,油脂を添加する方法により多孔質構造を形成する動機付けがあるとはい えない上,油脂を添加することには阻害事由がある。よって,粉末油脂を麺に添加すると の技術事項を引用発明1Aに適用することはできないから,引用発明1Aに基づき本件発 明2を想到することは容易とはいえない。 イ 本件発明2と引用発明2は,復元性の高い麺の製造を可能とする製造方法を提供す る点で,課題を共通にする。しかし,引用発明2は,既に多孔質化を実現しているのであ るから,課題達成のため,生麺体を高温熱風乾燥する方法により多孔質化を実現する甲1 ~3技術事項を適用する動機付けはない。また,引用発明2においては,気泡や膨化とは 異なる多孔質化技術を利用することに,格別な技術的意義があるといえるから,引用発明 2において,乾麺を多孔質化する手段として気泡や膨化によることは,引用発明2の課題 解決に反することになる。しかし,甲1~3文献に記載された多孔質化は,気泡や膨化を 利用するものであるから,これらを引用発明2に適用することには阻害事由がある。よっ て,引用発明2に甲1~3技術事項を組み合わせることはできないから,引用発明2に基 づき本件発明2を想到することは容易とはいえない。 ウ 本件発明2と引用発明3は,ひび割れや過発泡を解決するために乾燥工程を短縮し, 良好に調理可能な麺の製造を可能とする製造方法を提供する点で,課題を共通にする。し かし,引用発明3については,麺線内部及び麺線表面に(適度なサイズの)穴が形成され, 既に多孔質化を実現しているのであるから,課題達成のため,生麺及び蒸し麺に高温熱風 乾燥を行う周知技術を適用する動機付けはない。また,引用発明3においては,麺線を蒸 煮してから熱風により膨化乾燥するとの工程によることに,格別な技術的意義があり,蒸 煮工程を経ずに熱風による膨化乾燥を行うことは,その課題解決に反することになるから, 蒸煮工程を経ないで高温熱風乾燥を行うことには,阻害事由がある。よって,引用発明3 に,蒸煮工程を経ない高温熱風乾燥を適用することはできないから,引用発明3に基づき 本件発明2を想到することは容易とはいえない。 エ 本件発明3ないし10についても,同様である。 (2)サポート要件違反の判断の誤り ア 本件発明は,多孔質構造を有すること及び30%~75%の糊化度が達成されるこ との双方により,「簡単且つ短時間で良好に調理可能な乾麺及びその製造方法を提供する」 との課題を実現するものである。 イ 本件明細書の記載に接した当業者は,本件発明の製造方法の実施例において製造し た乾麺が,多孔質構造を有し,かつ品質良好なものであるとされていることから,これら の乾麺及びその製造方法は,多孔質構造及び30%~75%の糊化度を有することにより, 簡単かつ短時間で良好に調理可能な乾麺の製造方法を提供するとの本件発明の課題を解決 することができるものと理解することができ,サポート要件に適合するものである。 他方,比較例15ないし20については,多孔質構造を達成することはできても,「3 0%~75%の糊化度」を充足しない以上,多孔質構造及び30%~75%の糊化度を有 することにより,簡単かつ短時間で良好に調理可能な乾麺及びその製造方法を提供すると の本件発明の課題を解決できないことを示すものであり,それゆえに「比較例」とされて いるものと理解するというべきである。 本件審決が,比較例15ないし20が本件発明の技術的範囲に含まれることを前提に, サポート要件について判断したことは,誤りであるが,技術的範囲に含まれない以上,サ ポート要件違反との原告の主張は失当である。 ウ 本件発明において,空隙率や単位空隙率によって多孔質構造を特定することが,本 件発明の課題解決手段として,必要不可欠な技術的事項であると解することはできず,本 件明細書の記載に接した当業者は,多孔質構造が特定されていなくても,多孔質構造及び 30%~75%の糊化度を有することにより,本件発明の課題を解決することができるも のと理解することができる。よって,本件発明において多孔質構造が限定されていないこ とをもって,サポート要件に違反するものとはいえない。 熱間プレス部材事件 平成29年(行ケ)第10041号 審決取消請求事件 https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/563/087563_hanrei.pdf https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/563/087563_point.pdf 判 決 要 旨 発明の名称を「熱間プレス部材」とする発明に係る特許について,特許無効審判請求が されたところ,特許庁は,請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とし,請求 項4及び5に係る発明についての特許無効審判請求を不成立などとする審決をした。本件 は,特許権者が,審決のうち請求項1ないし3に係る部分の,無効審判請求人が,審決の うち請求項4及び5に係る部分の,各取消しを求める事案である。 審決は,請求項1ないし3に係る発明は,引用例1に記載された発明(引用発明)及び 甲3に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであると して,請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とした。 本判決は,以下のとおり,当業者が,引用発明に基づいて,相違点⑴ないし⑶に係る本 件発明1の構成を容易に想到できるということはできないなどとして,審決のうち,請求 項1ないし3に係る部分を取り消した。なお,請求項4及び5に係る発明についての特許 無効審判請求を不成立とした審決は維持された。 ⑴ 相違点⑴について 引用例1及び甲3に接した当業者が,引用発明における鋼板について,鋼板の強度を向 上させる効果を有するTiをあえて含有しない構成とすることの動機付けは存在せず,む しろ阻害事由がある。したがって,当業者が,引用発明に基づいて,相違点⑴に係る本件 発明1の構成を容易に想到できるということはできない。 ⑵ 相違点⑵について 引用例1には,引用発明が相違点⑵に係る構成,すなわち,引用発明の鋼板表面の皮膜 状態の構造が,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有 しており,かつ,25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬 電位が標準水素電極基準で-600~-360mVであることを示す記載はなく,このこ とを示唆する記載もない。また,本件優先日以前に頒布された刊行物には,Zn-Niめ っき鋼板の熱間プレス部材の表面構造に関する記載はない。したがって,これらの記載か ら,熱間プレス部材である引用発明の鋼板表面の皮膜状態の構造が上記のとおりであるこ とが技術常識であったと認めることはできない。また,本件特許の優先日時点の当業者に おいて,技術常識に基づき,引用発明の鋼板表面の皮膜状態の構造が上記のとおりである ことを認識することができたものとも認められない。よって,相違点⑵は実質的な相違点 ではないとはいえないし,相違点⑵につき,引用発明及び技術常識に基づいて当業者が容 易に想到できたものということもできない。 ⑶ 相違点⑶について 引用例1には,引用発明が相違点⑶に係る構成,すなわち,耐水素侵入性(腐食に伴う 鋼中への水素侵入が抑制されること)を有していることを示す記載はなく,このことを示 唆する記載もない。また,本件特許の優先日当時において,引用発明が耐水素侵入性を有 していることが技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。本件特許の優先日時 点の当業者において,技術常識に基づき,引用発明が耐水素侵入性を有していることを認 識することができたものとも認められない。よって,相違点⑶は実質的な相違点ではない とはいえないし,相違点⑶につき,引用発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に想到 できたものということもできない。
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著者萬秀憲 アーカイブ
January 2025
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