当初明細書等に明示的に記載された事項の上位概念や中位概念に当たる技術的事項であって、当初明細書等には明示的に記載されていない技術的事項については、それを特許請求の範囲に導入する補正が新規事項を追加する補正に該当するか否かについて、特許庁と知財高裁の判断が分かれた事例であり、知財高裁の判断は、下記のように、「発明の意義及び技術常識」を重視した判断となっています。
『当初明細書等には、「強さ」の実施形態として、文言上は「攻撃力及び防御力の合計値」としか記載されていないとしても、発明の意義及び技術常識に鑑みると、第2次補正により、「強さ」を「攻撃力及び防御力の合計値」に限定せずに、「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータ」と補正したことによって、さらに技術的事項が追加されたものとは認められず、第2次補正は、新たな技術的事項を導入するものとは認められない。』 令和4年(行ケ)第10092号 審決取消請求事件 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/983/091983_hanrei.pdf 特許 令和4年(行ケ)第10092号「プログラム、対戦ゲームサーバ及びその制御方法」(知的財産高等裁判所 令和5年3月27日) 6月21日(水)配信 https://ipforce.jp/articles/soei-patent/hanketsu/2023-06-21-5998 対戦ゲーム発明に係る補正について新規事項の追加の有無が争われた事例 知財高裁(3部)令和5年3月27日判決(令和4年(行ケ)第10092号)〔対戦ゲーム事件〕 https://www.ohebashi.com/jp/newsletter/IPNewsletter202305.pdf 令和4年(行ケ)第10092号 審決取消請求事件 判 決 要 旨 https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/983/091983_point.pdf 判 決 要 旨 1 本件は,発明の名称を「プログラム、対戦ゲームサーバ及びその制御方法」とする本 願発明についての拒絶査定不服審判の請求不成立審決に対する取消訴訟である。 本願発明の出願人である原告は、拒絶査定を受けたため、拒絶査定不服審判を請求 し、令和3年11月5日付けで特許請求の範囲の一部を変更する手続補正(第1次補 正)をし、更に令和4年5月18日付けで、明細書の発明の詳細な説明と特許請求の範 囲の一部を変更する手続補正(第2次補正)をした。第2次補正は、第1次補正後の特 許請求の範囲の請求項1、7及び8の、ゲームにおける「強さ」を、「数値が高い程前 記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである強さ」と限定するこ とを含むものであった。 2 審決は、第2次補正における前記1の「強さ」に対する限定について、(ア)当初明 細書等に記載された本願発明の課題は、「攻撃力及び防御力の合計値が乖離してしま う」ことに起因して、ゲームに対するユーザの興味を著しく低下させてしまうことであ り、このような課題からすれば、「強さ」とは、「攻撃力及び防御力の合計値」のみで あると認められる、(イ)当初明細書等には、「強さ」が、「攻撃力及び防御力の合計 値」であることは記載されているものの、体力、俊敏さ、所持アイテム数等が「強さ」 であることまでは記載されておらず、「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めるこ とが可能な所定のパラメータである」ことについては記載されていない、(ウ)「ゲー ム」分野において、「ユーザ」の「強さ」に攻撃力及び防御力以外に、体力、俊敏さ、 所持アイテム数等が含まれるのは技術常識といえるが、当初明細書等において、体力、 俊敏さ、所持アイテム数等が、本願発明が解決しようとする課題を解決することは記載 されていないし、出願時の技術常識を勘案しても、それは自明といえないなどの理由に より、請求項1、7及び8に記載の「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めること が可能な所定のパラメータである強さ」とは、当初明細書等のすべての記載を総合する ことにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであ って、そのようにする補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内でなされたもので はないとして、第2次補正は特許法17条の2第3項の規定に違反するものであり、同 法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下されるべきもの であると判断した。 3 本判決は、次のように述べ、審決が、特許法17条の2第3項の規定に違反するとし て第2次補正を却下したのは誤りであると判断し、審決を取り消した。 当初明細書等及び第2次補正後の明細書等に記載の発明の技術的意義は、ユーザの強 さの段階を基準として所定範囲内の強さの段階にある対戦相手を抽出することにより、 従来のように対戦相手をランダムに抽出する場合に比べて、対戦相手間の強さに大差が 出て勝敗がすぐについてしまう戦いの数を低減することができ、また、対戦相手の強さ に一定のばらつきを含ませて対戦ゲームの難度を変化させ、ユーザのゲームに対する興 味を増大させることにある。 そして、「ゲーム」分野における技術常識に関して、「ユーザ」の「強さ」に、攻撃 力及び防御力以外に、体力、俊敏さ、所持アイテム数等が含まれることが本願の出願時 の技術常識であったことは、当事者間に争いがない。 上記のような、対戦ゲームにおいて、強さに大差のある相手ではなく、ユーザに適し た対戦相手を選択するという発明の技術的意義に鑑みれば、当初明細書等記載の「強さ」 とは、ゲームにおけるユーザの強さを表す指標であって、ゲームの勝敗に影響を与える パラメータであれば足りると解するのが相当であり、「強さ」を「攻撃力と防御力の合 計値」とすることは、発明の一実施形態としてあり得るとしても、技術常識上「強さ」 に含まれる要素の中から、あえて体力、俊敏さ、所持アイテム数等を除外し、「強さ」 を「攻撃力と防御力の合計値」に限定しなければならない理由は見出すことができない。 言い換えれば、「強さ」を「攻撃力及び防御力の合計値」に限定するか否かは、発明の 技術的意義に照らして、そのようにしてもよいし、しなくてもよいという、任意の付加 的な事項にすぎないと認められる。 そうすると、当初明細書等には、「強さ」の実施形態として、文言上は「攻撃力及び 防御力の合計値」としか記載されていないとしても、発明の意義及び技術常識に鑑みる と、第2次補正により、「強さ」を「攻撃力及び防御力の合計値」に限定せずに、「数 値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータ」と補正した ことによって、さらに技術的事項が追加されたものとは認められず、第2次補正は、新 たな技術的事項を導入するものとは認められない。そうすると、第2次補正は、当初明 細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであると認められ、特許法17条の 2第3項の規定に違反するものではないというべきである。 したがって、本件審決が、第1次補正後の発明の「強さ」について、第2次補正によ り「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである 強さ」と補正したことは新たな技術的事項を導入するものであるとして、第2次補正は 特許法17条の2第3項の規定に違反すると判断して第2次補正を却下した(本件審決 第2)のは誤りであると認められ、本件審決には、原告主張の取消事由が認められる。 以 上
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著者萬秀憲 アーカイブ
December 2024
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