審決(無効・不成立)取消請求事件での知的財産高等裁判所の判決(令和4年(行ケ)第10037号 判決日:令和5年2月7日)は、「複数の特許公報の記載から、本件出願日当時、周知かつ自明の課題が存在したものと認定し、主引例であるカタログ及び取扱説明書の記載から、主引用発明(公然実施発明)に接した本件出願日当時の当業者は、当該周知かつ自明の課題を認識するものと認めるのが相当であるとした上で、主引用発明から認識される課題と副引用発明が解決する課題は、共通すると認めるのが相当であるとして、本件発明の進歩性を肯定した審決が取り消された事例」です。
知財高裁の判断としては、「技術分野の関連性や課題の共通性をより広く観念」しているなど、特許権者に厳しい判断になっているように思えます。 下記のような所感、コメントがでています。 「本件で、特許庁は、本件副引用発明が介護用パンツの腰回りを調整する技術であるのに対し、本件発明が空調服の空気調整口を調整するものであるとの相違を重視して本件発明の進歩性を肯定したものと思われますが、他方で、知財高裁は、両者が同じ被服の分野に属することなどから、技術分野の関連性や課題の共通性をより広く観念し、本件発明の進歩性を否定する判断を下しました。本件は、事例判断にとどまりますが、発明の進歩性判断について特許庁の判断を知財高裁が否定した事例として参考になる」というコメントや、 「裁判所の判断では、主引用発明と副引用発明は、同じ被服の分野であるという点で関連性を有すると判断された。しかし、被服の中でも比較的特殊な「送風手段を用いて人体との間に形成された空気流通路内に空気を流通させる衣服」と「介護用パンツ」の当業者は大きく異なり、主引用発明に副引用発明を適用する動機づけは難しいのではないかと考える。・・・・裁判所の判断は、被告(特許権者)にとって厳しすぎる印象を受ける。」という所感、 「カタログや取扱説明書等である公然実施発明の主引用発明に対して、特許文献で ある副引用発明を適用する動機付けが認められるハードルは、高いと言える。 一般的に、カタログや取扱説明書等に基づいて、公然実施発明である主引用発明の課題を認定することが難しいため、その結果、主引用発明に対して、特許文献である副引用発明を適用する動機付けが認められない、と判断される傾向がある。それに対して、本判決では、①主引用発明に相当する構成に対して共通の課題が開示されている複数の特許文献の記載から、本件出願日当時、周知かつ自明の課題が存在したものと認定し、②当該認定と、当該課題に関連した主引例の記載とに基づいて、主引用発明に接した本件出願日当時の当業者は、当該周知かつ自明の課題を認識するものと認めるのが相当である、と判断された。このように、カタログや取扱説明書等である公然実施発明の主引用発明に対して課題が認定されるためには、①主引用発明に相当する構成に対して、複数の文献(例えば、3~5つ以上)で共通の課題が記載されており、②主引例に、その課題を示唆するような事項が記載されている、という2点が必要だと考えられる。カタログや取扱説明書等である公然実施発明を主引用発明として、特許発明の進歩性を否定したい場合に、本判決の論理構成が参考になる。」というコメント、 いずれのコメントも参考になります。 令和4年(行ケ)第10037号 審決取消請求事件 判決要旨 発明の名称を「空調服の空気排出口調整機構、空調服の服本体及び空調服」とする発明について、当業者は主引用発明及び副引用発明に基づいて容易に発明をすることができたとして、特許無効審判請求を不成立とした審決を取り消した事例 https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/755/091755_point.pdf 判 決 要 旨 1 本件は、発明の名称を「空調服の空気排出口調整機構、空調服の服本体及び空調服」 とする本件特許(請求項3ないし10)についての特許無効審判請求を不成立とした審決 に対する取消訴訟である。審決は、主引用発明に基づく進歩性欠如の無効理由につき、本 件発明3は主引用発明及び設計的事項、周知技術又は副引用発明によっても当業者が容易 に発明をすることができたものとはいえず、また、本件発明3の発明特定事項を全て備え る本件発明4ないし10についても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえ ないと判断した。 2 本件発明3 本件発明3は、要するに、空調服(送風手段を用いて人体との間に形成された空気流通 路内に空気を流通させる衣服)の空気排出口(空気流通路内を流通する空気を外部に排出 する口であって、襟後部と人体の首後部との間に形成されるもの)の開口度を調整するた めの空気排出口調整機構であり、第一取付部を有する第一調整ベルトと複数の第二取付部 を有する第二調整ベルトとを備え、第一取付部を複数の第二取付部の少なくともいずれか 一つに取り付けることで襟後部と人体の首後部との間に複数段階の予め定められた開口度 で空気排出口を形成することを特徴とするものである。 3 主引用発明(公然実施をされた発明) 主引用発明は、要するに、空気排出口を備えた空調服において首周りの空気排出スペー スを調整する手段であり、紐1と紐2とを備え、紐1及び紐2を結ぶことによって空気排 出量を調節することができるというものである。 4 本判決は、以下のとおり、当業者は審決が認定した本件発明3と主引用発明との相 違点(以下「審決認定相違点」という。)に係る本件発明3の構成に容易に想到し得たも のと認められるから、これと異なる審決の判断は誤りであるとした上、本件発明4ないし 10につき主引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないと した審決の判断も誤りであるとして、審決を取り消した。 (1) 本件発明3と主引用発明との相違点について 審決認定相違点に係る本件発明3の構成の容易想到性の判断に当たっては、空気排出口 の開口度を調整するための手段(空気排出口調整機構)に係る次の各点(以下「本件相違 点」という。)を検討すれば足りる。 ア 本件発明3の「第一調整ベルト」は、「第一取付部を有」するのに対し、主引用発 明の「紐1」は、そのような構成を備えない点 イ 本件発明3の「第二調整ベルト」は、「前記第一取付部の形状に対応して前記第一 取付部と取り付けが可能となる複数の第二取付部を有」するのに対し、主引用発明の「紐 2」は、そのような構成を備えない点 ウ 空気排出口の形成に関し、本件発明3は、「前記第一取付部を前記複数の第二取付 部の少なくともいずれか一つに取り付けることで」形成するのに対し、主引用発明は、そ のような構成を備えない点 エ 空気排出口の開口度に関し、本件発明3は、「複数段階の予め定められた」もので あるのに対し、主引用発明は、そのような構成を備えない点 (2) 副引用発明の認定 副引用例には、本件相違点に係る本件発明3の構成に相当する構成を全て含んだ介護用 パンツの発明(副引用発明)が記載されているものと認められる。 (3) 副引用発明の主引用発明への適用 ア 主引用発明が属する技術分野と副引用発明が属する技術分野は、身体の一部を包ん で身体に装着する被服であるという点で関連性を有する。 イ 証拠によると、主引用発明に接した当業者は、2つの紐状部材を結んでつないで長 さを調整することや、そもそも2つの紐状部材を結んでつなぐこと自体、手間がかかって 容易ではないとの周知かつ自明の課題を認識するものと認められ、また、当業者は、副引 用発明につき、これを当該課題を解決する手段として認識するものと認められるから、主 引用発明から認識される課題と副引用発明が解決する課題は、共通する。主引用発明が空 調服の首周りの空気排出スペースの大きさを調整するものであるのに対し、副引用発明が 介護用パンツの腰回りの大きさを調整するものであるとの点(両者が何を調整するのかに おいて異なること)は、課題の共有性に係る上記結論を左右するものではない(両者は、 紐状部材の締結により被服が形成する空間の大きさを調整するとの目的ないし効果におい て異なるものではない。)。 ウ 上記ア及びイのとおりであるから、主引用発明に接した当業者は、副引用発明を採 用するよう動機付けられたものと認めるのが相当である。 (4) 以上によると、当業者は、本件相違点に係る本件発明3の構成に容易に想到し得 たものと認められ、したがって、当業者は、審決認定相違点に係る本件発明3の構成にも 容易に想到し得たものと認められる。 令和4年(行ケ)第10037号 審決取消請求事件 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/755/091755_hanrei.pdf :「空調服の空気排出口調整機構」事件 知的財産高等裁判所:令和4年(行ケ)第10037号 https://unius-pa.com/wp/wp-content/uploads/2023/03/R04_gyouke_10037.pdf 特許 令和4年(行ケ)第10037号「空調服の空気排出口調整機構、空調服の服本体及び空調服」(知的財産高等裁判所 令和5年2月7日) https://www.soei.com/%E7%89%B9%E8%A8%B1%E3%80%80%E4%BB%A4%E5%92%8C%EF%BC%94%E5%B9%B4%EF%BC%88%E8%A1%8C%E3%82%B1%EF%BC%89%E7%AC%AC%EF%BC%91%EF%BC%90%EF%BC%90%EF%BC%93%EF%BC%97%E5%8F%B7%E3%80%8C%E7%A9%BA%E8%AA%BF%E6%9C%8D/ 空調服の開口部調整機構に係る発明につき進歩性を否定した事例 知財高裁(2部)令和5年2月7日判決(令和4年(行ケ)第10037号) https://www.ohebashi.com/jp/newsletter/IPNewsletter202304.pdf 空調服の空気排出口調整機構、空調服の服本体及び空調服審決取消請求事件 http://www.meisei.gr.jp/report/%E7%A9%BA%E8%AA%BF%E6%9C%8D%E3%81%AE%E7%A9%BA%E6%B0%97%E6%8E%92%E5%87%BA%E5%8F%A3%E8%AA%BF%E6%95%B4%E6%A9%9F%E6%A7%8B%E3%80%81%E7%A9%BA%E8%AA%BF%E6%9C%8D%E3%81%AE%E6%9C%8D%E6%9C%AC%E4%BD%93%E5%8F%8A/ 平成30年(ワ)第21900号 特許権侵害差止等請求事件 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/432/090432_hanrei.pdf 平成30年(ワ)第21900号「空調服」事件 https://unius-pa.com/infringement_lawsuit/7809/ 発明の技術的意義等を考慮して特許法102条2項の利益額の90%の推定覆滅を認めた事例 東京地裁(29部)令和3年5月20日判決(平成30年(ワ)第21900号) https://www.ohebashi.com/jp/newsletter/IPNewsletter202109.pdf 令和 3 年度特許侵害訴訟における損害論等の概況 東京地判(29 部)令和 3 年 5 月 20 日(平成 30 年(ワ)第 21900 号)〔空調服事件〕 https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/4090
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著者萬秀憲 アーカイブ
December 2024
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