特許請求の範囲の文言の解釈は、特許法70条1項に、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定、さらに同条2項には「前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定しています。
特許請求の範囲の文言だけで解釈されるわけではないということです。 特許請求の範囲の文言の解釈 原審は、特許請求の範囲の文言の解釈としても、以下のように判示しています。 「仮に切り込み部等を設ける切餅の部位が「載附底面又は平坦上面」とは異なる「側周表面」であることを特定することのみを表現するのであれば「載置底面又は平坦上面ではない・・・…側周表面」などの表現をするのが適切であることに照らすならば, 原告が主張する構成要件Bの記載形式のみから,「載置底面又は平坦上面ではなく」との文言が「側周表面」を修飾する記載にすぎないと断ずることはできないというべきである。」 控訴審では、特許諮求の範囲の記載によれば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分の直後に,「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」との記載部分が読点が付されることなく続いているのであって、そのような構文に照らすならば「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分はその直後の「この小片餅体の上側表面部の立直側面である」との記載部分とともに,「側周表面」を修飾しているものど理解するのが自然である。」 特許請求の範囲の文言解釈の部分だけ見ると、読点が付されるか否かだけで、権利範囲が天と地ほどの違いがあると言えるかもしれません。 原審と控訴審とは、いずれも本件明細書の記載、特に特許発明の作用効果を参酌して特許諮求の範囲の文言を解釈しています。その手法自体は一般的な解釈手法に沿うものでしたが、その特許発明の作用効果の捉え方の違いにより、異なる結論となったものと言えます。 このように、特許発明の作用効果は特許請求の範囲の記載の有する意義を明らかにするための解釈資料とされます。したがって、特許発明の作用効果が発明の詳細な説明に記載されることによって特許請求の範囲が限定して解釈された結果記載された作用効果を奏しない被告製品が、限定解釈される構成要件を充足しないとの結論が導かれることがあります。 また、被告製品が特許発明の構成要件を全て充足していても被告製品が発明の詳細な説明に記載されている作用効果を奏しない場合には作用効果不奏功の抗弁として、特許権侵害が否定されることがあります。
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訴訟で争われた被告製品について下記のように特定するのは争いがなかったようです。 a 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が直方形の小片餅体である切餅の B1 上面17及び下面16に,切り込み部18が上面17及び下面16の長辺部及び短辺部の全長にわたって上面17及び下面16のそれぞれほぼ中央部に十字状に設けられ. b2 かつ,上面17及び下面16に挟まれた側周表面12の長辺部に同長辺部の上下方向をほぼ3等分する間隔で長辺部の全長にわたりほぼ並行に2つの切り込み部13が設けられ, c 切り込み部13は側周表面12の対向する二長辺部に設けられている d餅。 と特定されています。 請求項1についての分説は下記の通りです。 A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け, C この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として, D 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した E ことを特徴とする餅。 <争点> 争点となったのは、原告の特許権のB要件「(…切餅の)載置底⾯⼜は平坦上⾯ではなくこの⼩⽚餅体のこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け…」という⽂⾔です。 この⽂⾔には、「底⾯や上⾯に切り込みが⼊っている切り餅」を含むのか否かが明確でないとして、この解釈が争われました。 原告は、当該⽂⾔は、切り餅の上⾯や底⾯には切り込みを設けても設けなくてもよく、側⾯に切り込みが⼊っていることを意味するとして、「佐藤の切り餅」は原告特許を侵害すると主張し、これに対し、被告は、当該⽂⾔は上⾯にも切り込みが⼊っている場合を除くと解釈されるから、「サトウの切り餅」には、上⾯にも切り込みが⼊っているため侵害ではないと主張しました。 東京地裁は、原告の言い分を認めず、客観的に表現を解釈すれば、「載置底面又は平坦上面ではなく」というのは、「載置底面又は平坦上面には切り込みがないと考えるのが自然である」と判断しました。 これを不服とした原告が知財高裁に控訴しました。 知財高裁は、中間判決において、①「特許請求の範囲の記載」全体の構文も含めた、通常の文言の解釈、②本件明細書の発明の詳細な説明の記載、及び③出願経過等を総合勘案し、「『載置底面又は平坦上面ではなく』との記載は,『側周表面』であることを確にするための記載であり,載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部…を設けることを除外するための記載ではない」と判断しました。 そして、上記①~③のうち、①「特許請求の範囲の記載」全体の構文を含めた、通常の文言の解釈については、「上記特許請求の範囲の記載によれば,『載置底面又は平坦上面ではなく』との記載部分の直後に,『この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に』との記載部分が,読点が付されることなく続いているのであって,そのような構文に照らすならば,『載置底面又は平坦上面ではなく』との記載部分は,その直後の『この小片餅体の上側表面部の立直側面である』との記載部分とともに,『側周表面』を修飾しているものと理解するのが自然である。」と述べ、原告の解釈を支持しました。 2009年に起こったサトウの切り餅事件は、「サトウ食品工業株式会社」(以下、サトウ食品という)が製造・販売する、CMなどでお馴染みの「サトウの切り餅」。この商品がきっかけで、訴訟が起き、計15億円余りの損害賠償が命じられました。 この訴訟のもとになった特許第4111382号を読んでみましょう。 発明の名称は、「餅」というもので、出願日が平成14年10月31日、登録日が平成20年4月18日です。 特許請求の範囲は、下記の通りです。 【特許請求の範囲】 【請求項1】 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅。 【請求項2】 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状の切り込み部又は溝部を設けたことを特徴とする請求項1記載の餅。 請求項1について分説すると、下記のようになります。 A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け, C この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として, D 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した E ことを特徴とする餅。 図面から見ましょう。 「従来の技術及び発明が解決しようとする課題」の記載を見ます。 【0002】 【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】 餅を焼いて食べる場合、加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然膨れ出て下方へ流れ落ち、焼き網に付着してしまうことが多い。 【0003】 そのためこの膨化による噴き出しを恐れるために十分に餅を焼き上げることができなか ったり、付きっきりで頻繁に餅をひっくり返しながら焼かなければならなかった。古来のように火鉢で餅を手元に見ながら焼く場合と異なりオーブントースターや電子レンジなどで焼くことが多い今日では、このように頻繁にひっくり返すことは現実なかなかできず、結局この突然の噴き出しによって焼き網を汚してしまっていた。 【0004】 このような膨化現象は焼き網を汚すだけでなく、焼いた餅を引き上げずらく、また食べにくい。更にこの膨化のため餅全体を均一に焼くことができないなど様々な問題を有する 。 【0005】 しかし、このような膨化は水分の多い餅では防ぐことはできず、十分に焼き上げようとすれば必ず加熱途中で突然起こるものであり、この膨化による噴き出し部位も特定できず 、これを制御することはできなかった。 【0006】 そのため、この餅のどこからともなく噴き出る膨化は焼き餅においては仕方ないものとされており、それ故一度に多く食する場合は、煮て食べざるを得なく一度に沢山焼いて食べることは難しいとされていた。 【0007】 一方、米菓では餅表面に数条の切り込み(スジ溝)を入れ、膨化による噴き出しを制御しているが、同じ考えの下切餅や丸餅の表面に数条の切り込みや交差させた切り込みを入れると、この切り込みのため膨化部位が特定されると共に、切り込みが長さを有するため噴き出し力も弱くなり焼き網へ落ちて付着する程の突発噴き出しを抑制することはできるけれども、焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり、実に忌避すべき状態となってしまい、生のつき立て餅をパックした切餅や丸餅への実用化はためらわれる。 【0008】 本発明は、このような現状から餅を焼いた時の膨化による噴き出しはやむを得ないものとされていた固定観念を打破し、切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に、焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき、しかも切り込みの設定によっては、焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく、逆に自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり、また今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛躍的に増大させることも期待できる極めて画期的な餅を提供することを目的としている。 「発明の実施の形態」を見ます。 【0014】 即ち、従来は加熱途中で突然どこからか内部の膨化した餅が噴き出し(膨れ出し)、焼き網に付着してしまうが、切り込み3を設けていることで、先ずこれまで制御不能だったこの噴き出し位置を特定することができ、しかもこの切り込み3を長さを有するものとしたり、短くても数箇所設けることで、膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすることができるため、焼き網へ垂れ落ちるほど噴き出し(膨れ出)たりすることを確実に抑制できることとなる。 【0015】 しかも本発明は、この切り込み3を単に餅の平坦上面(平坦頂面)に直線状に数本形成したり、X状や+状に交差形成したり、あるいは格子状に多数形成したりするのではなく 、周方向に形成、例えば周方向に連続して形成してほぼ環状としたり、あるいは側周表面2Aに周方向に沿って形成するため、この切り込み3の設定によって焼いた時の膨化による噴き出しが抑制されると共に、焼き上がった後の焼き餅の美感も損なわない。しかも焼き上がった餅が単にこの切り込み3によって美感を損なわないだけでなく、逆に自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また美味しく食することができる焼き上がり形状となり、それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができることとなる。 【0016】 即ち、例えば、側周表面2Aに切り込み3を周方向に沿って形成することで、この切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく、オーブン天火による火力が弱い位置に切り込み3が位置するため忌避すべき焼き形状とならない場合が多い。 【0017】 また、この側周表面2Aに形成することで、膨化によってこの切り込み3の上側が下側に対して持ち上がり、この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならないという画期的な作用・効果を生じる。 【0018】 即ち、この持ち上がりにより、図2に示すように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態、あるいは焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状に自動的に膨化変形し、自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。またほぼ均一に焼き上げることが可能となる。 【0019】 本発明の方形(直方形)の切餅の場合、立直側面たる側周表面2Aに切り込み3をこの立直側面に沿って形成することで、たとえ側周表面2Aの四面全てに連続して角環状に切り込み3をめぐらし形成しなくても、少なくとも対向側面に所定長さ以上連続して切り込み3を形成することで、膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく、この切り込み3に対して上側が持ち上がり、前述のように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態、あるいは焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状となり、自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。 【0020】 特にこの切り込み3を側周表面2Aに、小片餅体1の輪郭縁に沿った周方向に連続してほぼ四角環状に形成すれば、一層前記作用・効果が確実に発揮され、極めて画期的な餅となる。 「発明の効果」を見ます。 【0032】 【発明の効果】 本発明は上述のように構成したから、切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に、焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき、しかも切り込みの設定によっては、焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく、逆に自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり、また今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛躍的に増大させることも期待できる極めて画期的な餅となる。 【0033】 しかも本発明は、この切り込みを単なる餅の平坦上面に直線状に数本形成したり、X状や+状に交差形成したり、あるいは格子状に多数形成したりするのではなく、周方向に形成、例えば周方向に連続して形成してほぼ環状としたり、あるいは側周表面に周方向に沿 って対向位置に形成すれば一層この切り込みよって焼いた時の膨化による噴き出しが抑制されると共に、焼き上がった後の焼き餅の美感も損なわず、しかも確実に焼き上がった餅は自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また美味しく食することができる焼き上がり形状となり、それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができこととなる画期的な餅となる。 【0034】 また、切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく、オーブン天火による火力が弱い位置に切り込みが位置するため忌避すべき焼き形状とならない場合が多く、膨化によってこの切り込みの上側が下側に対して持ち上がり、この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならないという画期的な作用・効果を生じる。 【0035】 特に本発明においては、方形(直方形)の切餅の場合で、立直側面たる側周表面に切り込みをこの立直側面に沿って形成することで、たとえ側周面の周面全てに連続して角環状に切り込みを形成しなくても、少なくとも対向側面に所定長さ以上連続して切り込みを形成することで、この切り込みに対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく持ち上がり、しかも完全に側面に切り込みは位置し、オーブン天火の火力が弱いことなどもあり、忌避すべき形状とはならず、また前述のように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態、あるいは焼きはまぐりができあが ったようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状となり、自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。 上記発明の詳細な説明欄の記載によれば,本件発明の作用効果として,①加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制,②切り込み部位の忌避すべき焼き上がり防止(美感の維持),③均一な焼き上がり,④食べ易く,美味しい焼き上がり,が挙げられています。そして,本件発明は,切餅の立直側面である側周表面に切り込み部等を形成し,焼き上がり時に,上側が持ち上がることにより,上記①ないし④の作用効果が生ずるものと理解することができます。 次は、訴訟における被告製品の特定、争点の確認、権利範囲を裁判所がどう判断したかをみます。 特許の権利範囲を示す特許請求の範囲には、構成要件しか書かれていませんが、同じ構成要件であっても、特許の権利範囲は明細書に書かれている「発明の課題や作用効果」によって、無効審判で特許が有効になったり無効になったりすることがあります。発明の課題が進歩性判断に影響するのです。
特許請求の範囲が特許の権利範囲を示すのに、そこに書かれていないことがどうして進歩性判断に影響するのか疑問に感じる方もおられるでしょう。 実は、平成20年頃までは、発明の課題が進歩性判断に影響することはありませんでした。それ以降に、発明の課題が進歩性判断に影響する実務が定着しました。 特許庁の審査基準では、「主引用発明」と「副引用発明」の課題が異なっていれば,“組み合わせの動機付け”が否定され、進歩性ありの方向に判断することになっています。しかしながら、「本願発明」と 「主引用発明」の課題が異なっていることが、進歩性判断に与える影響については、記述はありません。 実務上は、特許請求の範囲の文言が同一で、発明の課題が異なる「本願発明A」(課題A)と「本願発明B」(課題B)について、引用文献に課題Aが書かれた「主引用発明」(主引用例)があり、課題Aが書かれた「副引用発明」(副引用例)と組み合わせると構成要件が満たされる場合、「本願発明A」(課題A)は容易想到と判断され進歩性なしとなりますが、「本願発明B」(課題B)は想到困難と判断され進歩性ありとなります。 明細書の中に書かれた発明の課題が進歩性判断に影響することがありますので、特許を理解する場合は、【発明が解決しようとする課題】、【発明の効果】もしっかり読むようにしましょう。 下記の動画による説明が参考になります。無料で聴講できます。 弁護士高石秀樹の特許チャンネル「本件発明の課題が、何故、進歩性判断に影響するのか?(特許法29条2項、容易想到性、動機付け、阻害事由、引用発明)」 https://www.youtube.com/watch?v=jIR0ckvmv3c&t=0s 知財実務オンライン(第11回):「発明の課題に関する諸問題を裁判例から深堀りする~裁判例等研究の重要性と活用~」 https://www.youtube.com/watch?v=sv0LM7aolT4&t=3458s これまで登録特許で最も重要な「特許請求の範囲」の読み方について説明してきました。
しかし、特許請求の範囲は、発明を定義する権利書となる部分であり、発明が抽象的に記載されているため、わかりづらいことが多く、わかりやすさとは無縁の世界です。 特許請求の範囲を理解するためには、最初に目を通すのが、図面、そして【発明が解決しようとする課題】【発明の効果】の欄という順が良いでしょう。 まずは、図面に目を通しましょう。図面を見たときに取得することができる単位時間あたりの情報量は、文字よりも多いため、図面を見ることで、効率的に情報を取得することができます。また、図面には発明の全体を表す図が含まれていることが多いため、図面を見ることで、発明の全体像を把握することができます。 つぎに、【発明が解決しようとする課題】【発明の効果】の欄を読み、発明が解決しようとする課題と発明の効果を理解しましょう。発明は何をしようとしているものなのか?という問題意識を持ちその後、どのようにしてその課題を解決するのか、なぜその効果が得られるのかという問題意識を持ちながら、他の記載を読んでいきと、発明の内容が頭に入りやすくなります。 特許の権利範囲を示す特許請求の範囲には、構成要件しか書かれていませんが、同じ構成要件であっても、特許の権利範囲は明細書に書かれている「発明の課題や作用効果」によって、無効審判で特許が有効になったり無効になったり、権利範囲が広くなったり狭くなったりすることがありますので、明細書についてもしっかり読み込む必要があります。 特許請求の範囲を読むことによって、発明の技術的範囲を理解することができます。
実際に読んでいくと色んな疑問にあたります。 特許請求の範囲と明細書の記載が一致しないように思われる場合もでてきます。 この場合、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲に基づいて定められる(第70条第1項)という大原則がありますので、特許請求の範囲を無視し、明細書の記載のみから技術的範囲を定めることは許されません。特許請求の範囲の文言通りに解釈されずに明細書の記載を考慮して特許請求の範囲の文言を理解することになります。 特許請求の範囲に記載された用語の意義は、発明の詳細な説明を参酌して解釈されます(第70条第2項)。特許請求の範囲の記載が明確でなく、その理解が困難であるような場合には、発明の詳細な説明の内容を参酌して解釈するということです。例えば、特許請求の範囲に記載されている「A」という用語が不明確であり、その意義が曖昧な場合、発明の詳細な説明において「A」の説明がなされているときには、その説明を参酌して「A」の定義・意義を解釈するということになります。 また、用語などの解釈で、特許の審査・審判経過等において出願人が主張した事項や特許庁が示した見解等は、民法上の信義則(民法1条2項)や禁反言の原則の一類型として、特許権者を拘束します。例えば、審査段階において、出願人(=特許権者)が、クレーム中の「A」という用語は「a」という意味であると意見書で主張した場合には、クレーム中の「A」は「a」という意味として解釈される場合があります。実務では、意見書で主張や反論を必要以上に書きすぎない(余計な主張はしない)といったことが留意点として挙げられることがありますが、その理由の1つはこの出願経過参酌の原則が適用されないようにするためです。 用語の定義が明細書をみてもどこにも書いていない場合もあります。 その場合は、「普通の意味(技術用語は学術用語としての普通の意味)」になりますので、広辞苑などの国語辞書や、科学辞典や専門分野の用語辞典などを調べることになります。また、その分野の教科書や総説などの記載や、論文、特許などの記載を調べます。そして、「当業者の技術常識」により用語の定義を決めることになります。 「当業者(とうぎょうしゃ)」とは、発明が属する技術分野の通常の知識を有する架空の人物、グループを想定しており、「技術常識」とは、当業者に一般的に知られている技術(周知技術、慣用技術を含む)又は経験則から明らかな事項をいいます。 このあたりは非常に微妙です。訴訟など争いのときによくあるのは、当業者であればだれでも当然理解しているような基本的な事項であるけれどもそれを明確に書いた文献がみつからないということです。灰色の争いのおこりやすいところだと、頭の隅に置いておいてください。 特許法 (特許発明の技術的範囲) 第70条 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づ いて定めなければならない。 2 前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図⾯を考慮して、特 許請求の範囲に記載された⽤語の意義を解釈するものとする。 3 前⼆項の場合においては、願書に添付した要約書の記載を考慮してはならな い。 特許請求の範囲をよく見ると、下線が引かれている部分があります。この部分は、審査の過程で補正された部分になります。特許査定されるために、下線が引かれた部分が重要な役割を果たしていることが多いことから、特許請求の範囲を読むときには、この下線が引かれた部分に注意して権利範囲を理解することが大切になります。
特許第4240281号請求項1では、「通気性を有する」「前記第1の工程後」「の裏面側から表面側」の三か所にあります。 【請求項1】 アクリル酸および/またはその塩を主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、架橋剤と、を含む組成物を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工する第1の工程と、 不活性ガス雰囲気下で、前記シート状基材に紫外線を照射して前記水溶性単量体を重合させる第2の工程と、 を有する吸水性複合体の製造方法において、 前記第1の工程後に、前記シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流すことを特徴とする吸水性複合体の製造方法。 出願当初の明細書では、下記のようになっていました。 【請求項1】 アクリル酸および/またはその塩を主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、架橋剤と、を含む組成物を、シート状基材の表面に塗工する第1の工程と、 不活性ガス雰囲気下で、前記シート状基材に紫外線を照射して前記水溶性単量体を重合させる第2の工程と、 を有する吸水性複合体の製造方法において、 前記第2の工程より前或いは前記第2の工程時に、前記シート状基材に向けて不活性ガス流を流すことを特徴とする吸水性複合体の製造方法。 審査官から拒絶理由通知書が出され、それに対応して補正された部分が下線の引かれた部分です。 「シート状基材」から「通気性を有するシート状基材」への補正については、審査官から「『シート状基材』について何ら特定されていないが、本願発明の作用効果が奏されるためには、上記基材中に不活性ガスを流通させることが必要であり、すなわち、上記基材は、通気性のある、シート状の繊維質基材、あるいはシート状の多孔質基材であることが必要であるものと読み取れる。」との指摘を受けたことへ対応したものです。 「前記第2の工程より前或いは前記第2の工程時」から「前記第1の工程後」への補正、「前記シート状基材に向けて」から「前記シート状基材の裏面側から表面側に向けて」への補正についても、審査官から「本願発明の詳細な説明の記載からみて、本願発明の作用効果(単量体混合物の基材への含浸が抑制され、基材表面において好適に単量体の重合が行われること)が奏されるためには、不活性ガス流の流す方向は、シート状基材に向く任意の方向でなく、塗工された基材の裏面側(塗工面と反対側)から表面側(塗工面側)への方向であることが必要であるものと読み取れる。 また、同様に、不活性ガス流を流す時期は、第1の工程(塗工)後であることが必須であるものと読み取れる。」と指摘されたことを受けてのものです。 特許査定されるために、下線が引かれた部分が重要な役割を果たしていることが多いことから、特許請求の範囲を読むときには、この下線が引かれた部分に注意して権利範囲を理解することが大切になります。 必要に応じて、「拒絶理由通知書」とそれに対する「意見書」を読むことで一層理解が深まります。 拒絶理由通知書 (特許出願2002-259208) P.1 拒絶理由通知書 特許出願の番号 特願2002-259208 起案日 平成19年11月30日 特許庁審査官 芦原 ゆりか 9161 4J00 特許出願人代理人 荒船 博司(外 1名) 様 適用条文 第29条第1項、第29条第2項、第36条 この出願は、次の理由によって拒絶をすべきものです。これについて意見が ありましたら、この通知書の発送の日から60日以内に意見書を提出してくだ さい。 理 由 1.この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第 1号に規定する要件を満たしていない。 2.この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国にお いて、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆 に利用可能となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特 許を受けることができない。 3.この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国にお いて、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆 に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野に おける通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、 特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 記 (引用文献等については引用文献等一覧参照) ・理由1 以下の2点において、請求項1-3には、発明の詳細な説明に記載された、発 明の課題を解決するための手段が反映されておらず、発明の詳細な説明に記載し た範囲を超えているので、請求項1-3に係る発明は、発明の詳細な説明に記載 されたものではない。 (1)請求項1-3においては、「シート状基材」について何ら特定されていな いが、本願発明の作用効果が奏されるためには、上記基材中に不活性ガスを流通 P.2 させることが必要であり、すなわち、上記基材は、通気性のある、シート状の繊 維質基材、あるいはシート状の多孔質基材基材であることが必要であるものと読 み取れる。 (2)本願発明の詳細な説明の記載からみて、本願発明の作用効果(単量体混合 物の基材への含浸が抑制され、基材表面において好適に単量体の重合が行われる こと)が奏されるためには、不活性ガス流の流す方向は、シート状基材に向く任 意の方向でなく、塗工された基材の裏面側(塗工面と反対側)から表面側(塗工 面側)への方向であることが必要であるものと読み取れる。 また、同様に、不活性ガス流を流す時期は、第1の工程(塗工)後であること が必須であるものと読み取れる。 ・理由2、3 ・請求項1-3 ・引用文献等1、2 ・備考 引用文献1、2には、塗布されたモノマの重合を、重合を迅速かつ定量的に進 めるために、窒素気流下で行うことが望ましいことが記載されている。 引用文献1:特許請求の範囲、2頁4欄3~15行、3頁5欄11~41行、 5欄最終行~6欄22行等 引用文献2:特許請求の範囲、【0027】等 引 用 文 献 等 一 覧 1.特公平5-58030号公報 2.特開平10-113556号公報 ------------------------------------ 先行技術文献調査結果の記録 ・調査した分野 IPC C08J7/00-18,D06M13/00-15/72 ・先行技術文献 特開昭63-063459号公報 特開平07-292142号公報 特開平02-173127号公報 この先行技術文献調査結果の記録は拒絶理由を構成するものではありません。 P.3 この拒絶理由通知の内容に関するお問い合わせ、または面接のご希望がござい ましたら下記までご連絡下さい。 特許審査第3部高分子 芦原ゆりか TEL.03(3581)1101 内線3493 FAX.03(3501)0698 意見書 (特許出願2002-259208) P.1 【書類名】 意見書 【提出日】 平成20年 2月 1日 【あて先】 特許庁審査官 芦原 ゆりか 殿 【事件の表示】 【出願番号】 特願2002-259208 【特許出願人】 【識別番号】 390029148 【氏名又は名称】 大王製紙株式会社 【代理人】 【識別番号】 100090033 【弁理士】 【氏名又は名称】 荒船 博司 【発送番号】 624461 【意見の内容】 1.拒絶理由の要点 平成19年11月30日付(起案日)の拒絶理由通知において審査官が指摘した拒絶理 由は以下の通りです。 (理由1)本出願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する 要件を満たしていない、というものです。 (理由2)本願請求項1~3に係る発明は、下記の引用文献1、2に記載された発明であ るから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない、というも のです。 (理由3)本願請求項1~3に係る発明は、下記の引用文献1、2に記載された発明に基 いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の 規定により特許を受けることができない、というものです。 引用文献1:特公平5-58030号公報 引用文献2:特開平10-113556号公報 本出願人は、上記ご指摘に鑑み、本意見書と同日付提出の手続補正書により明細書の特 許請求の範囲その他を補正しましたので、以下、補正後の特許請求の範囲に基づいて意見 を申し述べます。 2.補正前の請求項(旧請求項)と補正後の請求項(新請求項)との対応関係について 新請求項1 :旧請求項1+旧請求項2、の内容をより明確にしたもの 新請求項2 :旧請求項3 3.本願発明の特徴 同日提出の手続補正書で補正した請求項1は、下記に示す通りのものです。なお、下線 は今般の補正箇所を示します。 [請求項1] (a)アクリル酸および/またはその塩を主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤 と、架橋剤と、を含む組成物を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工する第1の工 程と、 (b)不活性ガス雰囲気下で、前記シート状基材に紫外線を照射して前記水溶性単量体 を重合させる第2の工程と、 を有する吸水性複合体の製造方法において、 (c)前記第1の工程後に、前記シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス 流を流すことを特徴とする吸水性複合体の製造方法。 そして、このような構成とすることにより、 (イ)シート状基材内部の空気が速やかに、且つ確実に不活性ガスで置換される、 (ロ)シート状基材表面に塗布された組成物が、基材内部に拡散するのを防止すること P.2 ができる、 (ハ)従って、重合反応を好適に、且つ速やかに実施することができ、残存モノマー量 が少なく吸収性能のよい吸水性複合体を製造することができる、 という効果を有するものであります。 4.補正の根拠の明示 [請求項1] (a)「通気性を有するシート状基材」との補正事項は、出願当初明細書の段落番号0 024の「本発明で用いる基材(シート状基材)は・・・通気性のある基材を使用する。 」との記載に基づくものです。 (c)「前記第1の工程後に、前記シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガ ス流を流す」との補正事項は、出願当初明細書の段落番号0012の「・・・プレポリマ ーAを、基材上に塗工する(第1の工程、・・・」との記載、及び段落番号0045の「 プレポリマーAの塗布後に基材にガスを流す場合、・・・基材の裏面側から表面側に向か って不活性ガスを流す・・・」との記載に基づくものです。 また、段落番号0010、及び0079の「また、シート状基材表面に塗布された組成 物が、シート状基材内部に拡散するのを防止することができる。」との補正事項は、出願 当初明細書の段落番号0045の「プレポリマーAの塗布後に基材にガスを流す場合、基 材表面に塗布されたプレポリマーAが基材内部に拡散することを防止するため、基材の裏 面側から表面側に向かって不活性ガスを流すとより好ましい。」との記載に基づくもので す。 その他の補正は、上記の補正を行ったことに伴い、整合性を確保するための補正であり ます。 以上の通り、上記各補正は、新規事項を追加するものではなく、出願当初明細書または 図面に記載された範囲内の補正であるため、適法なものと思料致します。 5.本願発明が特許されるべき理由 5-1.理由1 (1)本願発明の作用効果が奏されるためには、「シート状基材」中に不活性ガスを流通 させることが必要である、とのご指摘については、上記の通り、「通気性を有するシート 状基材」と補正を行いました。 (2)本願発明の作用効果が奏されるためには、不活性ガス流の流す方向は、塗工された 基材の裏面側から表面側への方向であることが必要である、また、不活性ガス流を流す時 期は、第1の工程後であることが必須である、とのご指摘については、上記の通り、「前 記第1の工程後に、前記シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流す」 と補正を行いました。 従って、特許法第36条第6項第1号の拒絶理由は解消したものと思料致します。 5-2.理由2、3 (1)引用文献の説明 引用文献1(特公平5-58030号公報)及び引用文献2(特開平10-11355 6号公報)には、繊維質の基材に吸収性ポリマーが塗布された吸収性物品において、吸収 性ポリマーの重合を迅速かつ定量的に進めるために、窒素気流化で行うことが望ましいこ と、が記載されております。 P.3 (2)引用文献との対比 引用文献1及び引用文献2には、本願請求項1に係る発明特定事項(c)である「前記 第1の工程後に、前記シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流す」に ついて、何ら記載されておらず、示唆すらもございません。 具体的には、引用文献1及び引用文献2に記載された発明では、重合を窒素等の気流下 で行うことが開示されているのみであり、その方向については何ら記載されておりません 。 これに対して、本願請求項1に係る発明は、上記発明特定事項(c)を具備することに より、シート状基材に対して所定方向から不活性ガス流が流されることとなり、このため 、シート状基材上に塗布された組成物の重合を好適に行うことのできる環境を形成するこ とを可能とするものであります。 すなわち、基材内部の空気を不活性ガスで速やかに、且つ確実に置換することができ、 より酸素の少ない環境を形成して水溶性単量体の重合反応を好適に行うことができるとい う効果を奏するものであります。また、単量体混合物が基材内部に含浸するのを防止でき るといった効果を奏するものであります。 この結果、表面積が大きく残存モノマーの少ない、吸収性の良い吸収性複合体を製造す ることが可能となります。 さらに、単量体混合物の基材への含浸が防止されるため、基材内で樹脂を形成すること がなく、基材の柔軟性を損なうこともありません。 一方、引用文献1及び引用文献2に記載の発明では、本願請求項1の発明特定事項(c )のような、不活性ガス流を流す方向や時期に関して特に言及したところはなく、また、 これらを一定条件に定めることで重合に好適な環境を形成するといった示唆もございませ ん。 かかる示唆なしでは、本願請求項1の発明特定事項(c)は、引用文献1及び引用文献 2に記載の発明から当業者と言えども容易に想到することができないものであると思料致 します。 従って、本願請求項1に係る発明は、特許法第29条第1項第3号、及び特許法第29 条第2項の規定には該当しないものと思料致します。 同様に、本願請求項2に係る発明は、請求項1の従属項でありますので、特許法第29 条第1項第3号、及び特許法第29条第2項の規定には該当しないものと思料致します。 6.結論 以上述べたように、貴官ご指摘の拒絶理由は解消されたものと思料致します。よって、 再度ご審査の上、本願発明に対して特許査定を賜りたくお願い申し上げます。 以上 これまで請求項1について検討してきましたが、特許請求の範囲には請求項2も記載されています。請求項2では、「・・・を特徴とする請求項1に記載の吸水性複合体の製造方法。」として静空港1を引用し、「前記第1の工程は、前記組成物を前記シート状基材の表面に不連続に塗工する」と記載されています。 つまり、請求項2は、請求項1に含まれますが、「成物をシート状基材の表面に不連続に塗工する場合に限定しています。このように他の請求項を引用しつつ、その請求項よりも限定した請求項のことを「従属項」といい、他の請求項を引用しないで記載された請求項のことを「独立項」といいます。 従属項は、独立項を引用していますので、独立項の技術的範囲に属さない(権利範囲に入らない)製品や方法は従属項の技術的範囲に属さないことになります。そのため、特許権を侵害するか否かの判断に当たっては、まずは独立項について特許権を侵害するか否かを判断します。 特許第4240281号 【請求項1】 アクリル酸および/またはその塩を主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、架橋剤と、を含む組成物を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工する第1の工程と、 不活性ガス雰囲気下で、前記シート状基材に紫外線を照射して前記水溶性単量体を重合させる第2の工程と、 を有する吸水性複合体の製造方法において、 前記第1の工程後に、前記シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流すことを特徴とする吸水性複合体の製造方法。 【請求項2】 前記第1の工程は、前記組成物を前記シート状基材の表面に不連続に塗工することを特徴とする請求項1に記載の吸水性複合体の製造方法。 対象特許の登録公報の【特許請求の範囲】の記載を元にこれを適宜分断する行為を分説といい、分断された各要素を構成要件と呼びます。分説の方法に決まりはなく、通常は特許請求の範囲の記載をそのまま順に適当な箇所で区切る形で行いますが、意味内容が変わらない限り、元の記載を再編集する形で行ってもよいとされています。 事例問題の請求項1の権利範囲を考えるために、請求項1を分説してみましょう。 A-1アクリル酸および/またはその塩を主成分とする水溶性単量体と、 A-2光重合開始剤と、 A-3架橋剤と、 A-4を含む組成物を、 A-5通気性を有するシート状基材の表面に塗工する第1の工程と、 B-1不活性ガス雰囲気下で、 B-2前記シート状基材に紫外線を照射して前記水溶性単量体を重合させる第2の工程と、 Cを有する吸水性複合体の製造方法において、 D前記第1の工程後に、前記シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流すことを特徴とする E吸水性複合体の製造方法。 1~6は、上記特許の権利範囲内でしょうか?構成要件毎に、下記のような表にまとめると判断しやすくなります。 1.アクリル酸を主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、架橋剤と保湿剤と、を含む組成物を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工し、
その後に、シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流して 不活性ガス雰囲気下で、シート状基材に紫外線を照射して水溶性単量体を重合させ、吸水性複合体を製造した。 ⇒権利範囲内。組成物中に保湿剤が入っていますが、これは権利範囲に関係ない付加成分です。 2.アクリル酸を主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、を含む組成物(架橋剤が入っていない)を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工し、 その後に、シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流して 不活性ガス雰囲気下で、シート状基材に紫外線を照射して水溶性単量体を重合させ、吸水性複合体を製造した。 ⇒権利範囲外。組成物中に必須成分である架橋剤保湿剤が入っていません。 3.アクリル酸ナトリウムを主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、架橋剤と、を含む組成物を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工し、 その後に、シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流して 不活性ガス雰囲気下で、シート状基材に紫外線を照射して水溶性単量体を重合させ、吸水性複合体を製造した。 ⇒権利範囲内。アクリル酸ナトリウムは、アクリル酸の塩です。 4.アクリル酸を主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、架橋剤と、を含む組成物を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工し、 不活性ガス雰囲気下で、シート状基材に紫外線を照射して水溶性単量体を重合させ、吸水性複合体を製造した。(シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流していない) ⇒権利範囲外。シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流していないので、必須工程がはいっていないため。 5.アクリル酸ナトリウムを主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、架橋剤と、を含む組成物を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工し、 その後に、シート状基材の表面側から裏面側に向けて不活性ガス流を流して 不活性ガス雰囲気下で、シート状基材に紫外線を照射して水溶性単量体を重合させ、吸水性複合体を製造した。 ⇒権利範囲外。シート状基材の裏面側から表面側に向けてではなく、シート状基材の表面側から裏面側に向けて不活性ガス流を流しており、必須工程がはいっていないため。 6.アクリル酸を主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、架橋剤と、を含む組成物を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工する第1の工程と、 第1の工程後に、前記シート状基材の横側から前記シート状基材に向けて不活性ガス流を流す第2の工程と、 不活性ガス雰囲気下で、前記シート状基材に紫外線を照射して前記水溶性単量体を重合させる第3の工程と、 により吸水性複合体を製造した。 ⇒この情報だけでは権利範囲内か外かを判断することはできません。シート状基材の横側から前記シート状基材に向けて流されたときに、裏面側から表面側に向けて不活性ガス流が流れていないかどうか確認する必要があります。権利範囲内か外かどうかは、検証結果で判断可能で、シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流が流れており本発明の効果が実証されれば権利範囲内となります。 すなわち、【0008】に「本発明の課題は、残存モノマーが少なく、吸水性能に優れる吸水性複合体の製造方法を提供することである。」と記載されており、 【0010】には「本発明によれば、第1の工程後に、シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流すことにより、シート状基材内部の空気が速やかに、且つ確実に不活性ガスで置換される。また、シート状基材表面に塗布された組成物が、シート状基材内部に拡散するのを防止することができる。従って、重合反応を好適に、且つ速やかに実施することができ、残存モノマー量が少なく吸収性能のよい吸水性複合体を製造することができる。」と記載され、 さらに【0079】には、【発明の効果】として、「本発明の吸水性複合体の製造方法によれば、アクリル酸及び/ またはその塩を主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤、架橋剤を含む組成物をシート状基材に塗工した後、シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガスを流すことにより、基材内部のガス交換を確実且つ速やかに行うことができる。また、シート状基材表面に塗布された組成物が、シート状基材内部に拡散するのを防止することができる。 従って、酸素のより少ない環境を速やかに形成することにより、水溶性単量体の重合反応をより好適に行うことができる。また、速やかにガス交換ができるので、重合工程をより速やかに行うことができ、水溶性単量体が基材内部に含浸することを防止できる。その結果、水溶性単量体に、より好適に紫外線を照射して重合させることができ、基材表面において表面積が大きく、残存モノマーの少ない吸水性樹脂を形成できるので、吸水性能のよい吸水性複合体を製造できる。」、及び、【0080】に「加えて、水溶性単量体が不連続に基材上に塗工されるので、形成される吸水性樹脂の表面積が大きくなる。また、基材上を樹脂が覆って柔軟性を損ったり、製造される吸水性樹脂が吸水膨潤した際に吸水性複合体の感触に違和感を生じたりすることも低減される。従って、吸水性能がよく感触等の使用感のよい吸水性複合体を製造できる。」と記載されています。 構成要件「シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流が流れている」を満たすか、及び、本発明の課題・作用効果を奏しているかが争点となり、それらが実証されれば権利範囲内となります。 事例問題再掲
【特許請求の範囲】 【請求項1】 アクリル酸および/またはその塩を主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、架 橋剤と、を含む組成物を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工する第1の工程と、 不活性ガス雰囲気下で、前記シート状基材に紫外線を照射して前記水溶性単量体を重合させる第2の工程と、 を有する吸水性複合体の製造方法において、 前記第1の工程後に、前記シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流すことを特徴とする吸水性複合体の製造方法。 という特許が登録されています。 問題;下記の1~5は、上記特許の権利範囲内でしょうか? 1.アクリル酸を主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、架橋剤と保湿剤と、を含む組成物を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工し、 その後に、シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流して 不活性ガス雰囲気下で、シート状基材に紫外線を照射して水溶性単量体を重合させ、吸水性複合体を製造した。 2.アクリル酸を主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、を含む組成物(架橋剤が入っていない)を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工し、 その後に、シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流して 不活性ガス雰囲気下で、シート状基材に紫外線を照射して水溶性単量体を重合させ、吸水性複合体を製造した。 3.アクリル酸ナトリウムを主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、架橋剤と、を含む組成物を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工し、 その後に、シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流して 不活性ガス雰囲気下で、シート状基材に紫外線を照射して水溶性単量体を重合させ、吸水性複合体を製造した。 4.アクリル酸を主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、架橋剤と、を含む組成物を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工し、 不活性ガス雰囲気下で、シート状基材に紫外線を照射して水溶性単量体を重合させ、吸水性複合体を製造した。(シート状基材の裏面側から表面側に向けて不活性ガス流を流していない) 5.アクリル酸ナトリウムを主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、架橋剤と、を含む組成物を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工し、 その後に、シート状基材の表面側から裏面側に向けて不活性ガス流を流して 不活性ガス雰囲気下で、シート状基材に紫外線を照射して水溶性単量体を重合させ、吸水性複合体を製造した。 6.アクリル酸を主成分とする水溶性単量体と、光重合開始剤と、架橋剤と、を含む組成物を、通気性を有するシート状基材の表面に塗工する第1の工程と、 第1の工程後に、前記シート状基材の横側から前記シート状基材に向けて不活性ガス流を流す第2の工程と、 不活性ガス雰囲気下で、前記シート状基材に紫外線を照射して前記水溶性単量体を重合させる第3の工程と、 により吸水性複合体を製造した。 1.権利範囲内 2.権利範囲外 3.権利範囲内 4.権利範囲外 5.権利範囲外 6.権利範囲内か外かどうかは、検証が必要。 解説は、8月18日に。 |
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