第2章 ROIC逆ツリーとは何か――知財活動と財務指標を“つなぐ”仕組み
2-1. なぜ「ROIC逆ツリー」が必要なのか 前章では、知財活動とROICを結びつけることの重要性について述べました。
そこで登場するのが、「ROIC逆ツリー」というフレームワークです。名前から想像できるかもしれませんが、ロジックツリー(樹形図)の一種であり、最上位に「ROIC」を据え、そこから下位の要素(売上やコスト、投下資本など)をブレイクダウンしていく形を取ります。さらに、その下層には、具体的な知財活動のKPIを結びつけることで、「どの知財施策がどの財務指標に貢献し、最終的にROICをどう押し上げるか」を可視化するしくみです。 このROIC逆ツリーを導入することで、以下のような効果が期待できます。
2-2. ROIC逆ツリーの基本構造 2-2-1. ロジックツリーを“逆方向”に展開する 一般に、ロジックツリー(Logic Tree)というフレームワークは、あるテーマを階層的にブレイクダウンする際によく用いられます。たとえば「売上を増やすためには?」という問いを立てたとき、
しかし本書でいう「ROIC逆ツリー」は、通常の“トップダウン”のロジックツリーとは向きが反対になっています。逆ツリーでは最上段に「ROIC」を置き、そこを構成するサブ指標(NOPATや投下資本など)を一段下にブレイクダウンしていくイメージです。 たとえば、ROICは以下のように分解できます。 ROIC=NOPAT÷Invested Capital
2-2-2. 下位に知財活動を関連づける ここで、知財活動をどのように紐づけていくかが本書のポイントです。たとえば、
結果的に、最上部にROICを置き、そこから“枝”を伸ばして各サブ指標(売上、コスト、投下資本など)が並び、さらにその下に具体的な知財施策KPI(特許出願数、ライセンス収入額、ブランド価値指標など)が連なる樹形図が完成します。これがROIC逆ツリーの骨格になります。 2-3. 数値とKPIをどう結びつけるか 2-3-1. 定量評価と定性評価のバランス ROIC逆ツリーを活用する際、多くの担当者が悩むのは、「具体的にどのようなKPIを設定し、どう数値化するか」という問題です。たとえば「ブランド力を強化することで売上高を上げたい」という場合、ブランド力という無形概念をどのように定量化すればよいのでしょうか。 ここでは、定量評価と定性評価を組み合わせることが重要になります。たとえば、
2-3-2. ROIC分解との整合性を確認する 一方で、こうしたKPIを設定する際は、「ROICのどの要素を動かすための指標なのか」を必ず意識しましょう。たとえば、「特許出願件数を増やす」ことが企業にとってのゴールではありません。「特許出願件数が増える → 重要技術が保護される → 新製品差別化や参入障壁強化につながる → 価格プレミアムやシェア拡大 → 売上増 → NOPAT向上 → ROIC改善」といったストーリーが描けてこそ、初めて特許出願件数が意味を持ちます。 このストーリーの整合性を意識するために、逆ツリーを定期的に見直し、「本当に“特許出願件数”が売上拡大やコスト削減、投下資本最適化にリンクしているのか」を検証していく必要があります。実際には、単なる件数目標ではなく、「重要技術領域における特許出願数」「出願から権利化までのスピード」など、より踏み込んだ指標が必要になるケースも多いでしょう。 2-3-3. 短期KPIと中長期KPIの設定 さらに、ROICには短期的な指標という側面があります。前章でも触れたように、今行っている知財投資の成果は、数年後にならないとROICに現れない場合が少なくありません。そこで、短期KPIと中長期KPIを分けて設定することが推奨されます。
2-4. ROIC逆ツリーで知財活動を可視化する方法 2-4-1. ステップ1:ROICの主要構成要素を整理する まずは、自社の事業モデルや財務指標を踏まえ、ROICを大きく分けるための主要要素を明確化します。たとえば、製造業であれば、
2-4-2. ステップ2:各要素に関連する知財施策を紐づける 次に、売上高やコスト、投下資本などの各要素に、知財施策を関連づけます。たとえば、
2-4-3. ステップ3:各知財施策ごとにKPIを設定する 次に、2-3節で述べたように、定量・定性を含むKPIを設計します。たとえば、
2-4-4. ステップ4:図や表でわかりやすくまとめる 最後に、完成した逆ツリーを図や表の形で可視化します。できれば、部門横断的に議論できるようなフォーマットを用意して、「どの知財活動がどこに効くのか」がひと目で分かるように工夫しましょう。
/ \ 【NOPAT】 【投下資本】 / \ / \ 【売上高】 【コスト】 【運転資本】 【固定資産】 | | | | (A) (B) (C) ... … … … ここに具体的な知財活動がブロックとして紐づき、各活動に対して「KPI例」「担当部門」「進捗度合い」を書き込むとさらに使いやすくなります。 2-5. ROIC逆ツリーがもたらす社内コミュニケーションの利点 2-5-1. 経営トップとの対話が円滑に 経営トップや投資家は、往々にして“売上”“利益”“投資回収”など、財務指標ベースで事業を判断します。そこに対して、知財担当者や研究開発部門が逆ツリーを用いて「この施策は営業利益を上げる要素であり、それは結果的にROICを高める」と説明できると、短時間で説得力のあるプレゼンテーションが可能となります。 さらに、長期投資を伴う施策も、「短期ではコスト増のように見えるが、将来の売上拡大やコスト削減でROICに大きく寄与する」というビジョンを示しやすくなります。経営トップ側も、「今のROICを高める」ことと「将来のROICを高める」ことの両立をどこまで許容するか、方針決定を行いやすくなるでしょう。 2-5-2. 部門間連携・プロジェクトチームの活性化 ROIC逆ツリーの構築過程では、研究開発、知財、マーケティング、生産管理、財務、法務など、多様な部門の連携が必須となります。それぞれの専門家が、「自分たちの活動がどの財務指標に影響を与えるのか」を認識しながらディスカッションすることで、以下のような効果が期待できます。
近年、知財情報や無形資産の活用状況を、IR(Investor Relations)や統合報告書などで開示する企業が増えています。こうした情報開示においても、ただ特許出願件数やブランド評価スコアを羅列するだけでは、投資家には「それが企業価値向上にどうつながるのか」が見えにくいのです。 一方で、ROIC逆ツリーを利用して「知財投資の成果がこの財務指標を変化させている」と示せれば、投資家やアナリストは「この企業は知財をどう経営に活かしているか」を理解しやすくなります。結果的に、企業価値(株価)や投資家からの評価にもポジティブに作用する可能性が高まるでしょう。 2-6. 〈まとめとアクション〉 本章では、「ROIC逆ツリー」というフレームワークを使って、知財活動と財務指標をどのように結びつけるかを解説しました。要点を以下にまとめます。
ROIC逆ツリーは、「理論として優れているだけでなく、実務に落とし込めるかどうか」が成否を分けるポイントです。組織全体の協力体制やデータ収集の仕組み、経営トップの理解など、成功要因はいくつもあるでしょう。しかし、本章で紹介したステップを丁寧に踏んでいけば、知財活動が“コストセンター”ではなく“価値創出のエンジン”であることを社内外に示すことができるようになるはずです。 以上が第2章「ROIC逆ツリーとは何か――知財活動と財務指標を“つなぐ”仕組み」の内容となります。 ROIC逆ツリーは、経営指標と知財活動の関連性を可視化する強力なフレームワークですが、それだけで完璧に評価ができるわけではありません。あくまで“羅針盤”として活用しつつ、実際にはKPIの設定や長期投資の評価手法、部門連携のマネジメントなど、より実践的なノウハウと組み合わせる必要があるのです。 次章では、「知財活動のKPI設定――定量評価と定性評価の両立」をテーマに、もう少し踏み込んだ指標設計や運用の手順について解説します。ROIC逆ツリーを使いこなすためにも、ぜひあわせてご覧いただければと思います。
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Author萬 秀憲 ArchivesCategories |